よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

地獄への近道

逢坂 剛Gou Ousaka

「あのばあさんは、榊原が『地獄への近道』をことのほか、だいじにしていたのを覚えていて、あれを上映するように娘を説得した、というわけだな」
「そうに違いありませんよ。あの作品が、パブリック・ドメインになっていないことは、美寿実さんも承知していたはずです。ただ、日本はもちろんアメリカでも、ソフト化されていないことを知って、上映することにしたんじゃないかしら。確かに、珍品中の珍品ですもの」
 小百合が言い、梢田もうなずく。
「そうだろうな。ギャグニー先生をはじめ、関係者はみんな死んじまっただろうしな」
 小百合は眉根を寄せ、いくらか不安げに言った。
「ただタイトルの初めに、パラマウントのマークが、出てきましたよね。ゆうべのお客さんの中に、もしパラマウントの関係者がまぎれ込んでいたら、クレームがつくかもしれないわ」
 斉木が口を出す。
「ありうるな。今度のような方式で、映画を見せる企画があると知ったら、映画会社はいの一番に、チェックに来るはずだ。たとえ、半世紀前の映画でもな。ことに、一九五三年以降の作品は、著作権消滅の期限が製作後七十年まで、延長されたんだ。要するに、その『地獄への近道』が一九五七年の製作なら、権利が消滅するのは二〇二七年、ということになるな」
 あたりがしんとして、カウンターで別の客の肉が焼ける音が、景気よくはじけた。
 梢田は手を振り、元気よく言った。
「どっちにしても、悠子の願いはかなったわけだ。榊原のじいさんは、腹を減らした魚みたいに、その餌にぱくりと食いついた。やっこさんも、あの映画が珍品中の珍品だと、知っていたんだ。だから、もしかすると、と思ったに違いない。上映が終わったあと、美寿実にさりげなく声をかけて、DVDの出所を探り出そうとしたのは、そのためだ」
 小百合が、あとを続ける。
「でも、当の悠子さんがついたての陰から、いきなり声をかけてくるとまでは、予想してなかったでしょうね。その証拠に、あのときはまるで死人に出会ったように、まっさおになったでしょう」
「しかし、そのあと〈三幸園〉で飯を食ったときは、死人が生き返ったように、まっかになってたじゃないか」
 梢田が混ぜ返すと、小百合は頬を引き締めた。
「でも、わたしたちが会食に同席して、よかったと思います。もし、あの三人だけだったらぎこちなくて、妙な雰囲気になったかもしれないわ。梢田さんが、座を盛り上げてくれたおかげですね」
 斉木が、おもしろくなさそうに、話を変える。
「しかし、ほんとうにパラマウントあたりから、クレームがこなけりゃいいがな」
 梢田は、アイスクリームを平らげた。

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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