よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

地獄への近道

逢坂 剛Gou Ousaka

「まあ、そんな心配をしても、始まらないだろう。それより、あの榊原壮一郎と飛島悠子が、これからどうなるか楽しみだな。おれは二人が、よりをもどしそうな気がする。美寿実も含めて、気兼ねする相手はだれもいないからな」
 それを聞いて、斉木が首を振る。
「まったく、おれも因果な部下を持ったもんだ。年寄りの色恋沙汰に、首を突っ込む暇があったら、試験勉強でもしろ」
「しかし、美しいじゃないか。焼けぼっくりに、火がついたりしてさ」
 梢田が言うと、斉木はせせら笑った。
「それを言うなら、焼けぼっくいだ。松ぼっくりと、間違えるんじゃない」
 梢田は、顎を引いた。
「松ぼっくりも、燃えるじゃないか」
「焼けぼっくいは、焼けぼっくいだ。ぼっくいは、棒杭(ぼうくい)のなまりだよ」
 小百合がくすくす笑い、梢田はおおいにくさった。
「まあ、二人とも今のうちに、笑っとくんだな。近いうちに、おれは巡査部長さまだ」
 斉木が、腕時計を見て言う。
「おっと、もう一時だ。勘定は、おまえが立て替えておけ」
 梢田は目をむいた。
「冗談言うな。あんたが、大穴を当てたからおごると、そう言ったから」
 斉木はそれを、さえぎった。
「そんな冗談を、真に受けるんじゃない。そもそも、管理職研修の成果を報告しようとしたのに、くだらん年寄りの色恋沙汰を持ち出すからだ。業務打ち合わせとは、さすがにいえないだろうが」
 小百合が、ハンドバッグを引き寄せる。
「わたしが、クレジットカードで、処理しておきます」
 斉木が、じろりと小百合を見る。
「まあ、五本松が伝票を切るというなら、ハンコを押してやろう」
 そう言い捨てて、さっさと席を立つ。
 その姿に、マネージャーが飛んで来て、深ぶかと頭を下げた。
 勘定を払った小百合が、廊下に出たところでささやく。
「もちろん、行きますよね」
「どこへ」
「木曜日ですよ。どうあっても、先を見届けなくちゃ」
 さっさと歩きだす小百合に、梢田は首を振りながら、あとを追った。

(了)

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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