連載
沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 いま大河ドラマで『西郷(せご)どん』を放映しているが、西郷が明治維新で活躍できた裏には、薩摩藩による琉球支配があった。
 そこで得た莫大な富を惜しげもなく投入したからこそ明治維新という日本の近代化は成し遂げられた。
 明治維新を司馬遼太郎などの歴史観で描くのは面白いだろう。だが、歴史は誰にもわかりやすい活劇で進行するわけではない。
 沖縄という負の部分にスポットをあてなければ、本当の歴史は浮かび上がってこない。
 戦後の歴史にも同じことがいえる。太平洋戦争唯一の地上戦といってもよい沖縄戦の犠牲の上に戦後日本の未曽有の繁栄は築き上げられた。
 そして敗戦後も天皇制を護持するため、アメリカに捧げられたのが、東シナ海に浮かぶ沖縄という島だった。
 沖縄に関して三冊目の著作のベースになるこの連載は、そうした歴史観を立脚点にして書いていくつもりである。
 沖縄は日米両国の思惑にいつも翻弄され、本当の願いは黙殺されつづけてきた。
 しかし、沖縄はいつまでもこんな「植民地」同様の状態のまま終わるとは思えない。いや、終わらせてはならない。
 本稿の目的は、そうした状況から脱出する可能性を探りだすため、沖縄の現在と過去を行き来しながら我が国の歴史を深掘りし、沖縄の生き生きとした未来図を描き出すことにある。
 言い換えれば、沖縄がこれまで辿(たど)ってきた苦難の道を検証し、沖縄がこれからどう生きていくかを透視できる本になればいいというのが、著者の思いである。
 沖縄問題を本土の人間に正確に伝えることは非常に難しい。なぜなら、本土の人間の多くは「沖縄」と聞いただけでうんざりしてしまい、そこで判断停止してしまうからである。
 なぜうんざりするのか。本土の人間が日米関係の矛盾をこの南の島に押しつけ、知らん顔を決め込んできたからである。
 
 その結果、沖縄の基地は本土の人間にはあってもない・・・・・・時空間になってしまった。本土の人間は、基地という沖縄の傷口から目をそむけるだけでなく、ひたすら南国の楽園のイメージをふくらませてきた。
 私から言わせれば、美しい海と空と砂で知られる沖縄は、日本人が基地を遮眼した結果生み出された不自然な幻想である。
 極論すれば、沖縄は本土の人間の欺瞞の積み重ねによって生み出された架空の島である。人間は誰しも自分の罪を直視することを避け、美しい風景に逃げたがる。
 私は本稿で、手垢のついた沖縄論には一切与(くみ)しないつもりである。ここに記すのは、すべて私が取材して驚いた初耳情報だけである。
 これは『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』のあとがきにも書いたことだが、私はこの作品を、柳田國男が『遠野物語』の冒頭に「遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし」と記した上、「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べた箴言(しんげん)にあやかって、「願わくはこの沖縄の物語を語りて内地人を戦慄せしめよ」というつもりで本稿を書くことを付記しておきたい。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
Back number
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記