連載
沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 うるま市で起きた暴行殺人事件は、一向に改善されない日米関係の不健全さを象徴的に物語っているだけでなく、ますますアメリカに従属する情けない日本の姿をあぶり出している。
 それだけではない。この事件は沖縄問題をまともに取り上げることがほとんどない本土メディアの底の抜けた劣化状況も浮かび上がらせている。
 本土メディアのだらしなさは、森友学園の公文書改竄(かいざん)問題で国民の怒りが頂点に達しているにもかかわらず、2018年3月15日現在、安倍内閣を総辞職にまで追い込めない体たらくさに象徴的に示されている。

 シンザト被告の裁判が始まるまでに、事件発覚から1年半近くも待たなければならなかった。その理由は後述する。
 それ以上に不思議だったのは、事件発生当時は本土のマスコミも大騒ぎした事件だったにもかかわらず、初公判が行われる沖縄地裁前に在京のテレビ局スタッフや本土の週刊誌記者の姿が見当たらないことだった。
 唯一の例外は、TBSの「報道特集」キャスターの金平茂紀が傍聴抽選券を求めて並んでいることくらいだった。顔なじみの金平は「外れちゃったよ」と屈託なく笑って、裁判所前を離れて行った。
 裁判は12月1日の判決公判を含め都合4回行われ、私はすべての公判を傍聴した。これから記すのは、私が目にし、耳にしたその公判の一部始終である。
 法廷に入る前の裁判所の廊下で一番驚かされたのは、警戒が戒厳令並みに厳重なことだった。
 ボディチェックはいうまでもなく、ポケットに入っているものはすべて内部を透視する機械にかけられ、携帯電話は取り上げられロッカーに預けられた上、しっかりと鍵をかけられた。
 休廷時間になると、いちいち申請して携帯電話をロッカーから出してもらわなければならない。
 他のどこの裁判所でもこんな面倒な経験をしたことはなかった。やはりここは米軍基地の島だということをあらためて実感させられた。
 法廷内の警備も、ものものしかった。制服を着た法廷警備員が法廷の四隅で目を光らせ、傍聴席でちょっとした不審な動きがあると、尖った声で叱責した。
 この法廷が建つ敷地にはかつて沖縄刑務所があり、アメリカ施政権下の1954年11月には囚人たちによる暴動事件が起きている。
 受刑者たちは房の扉を突き破って次々と脱走し、刑務所外に逃走する者もいた。これに対して琉球政府(本土復帰前の行政機関)は、鉄帽やカービン銃で武装した警官隊を刑務所内に導入し、この暴動をどうにか鎮圧した。
 当時、沖縄刑務所には沖縄人民党書記長の瀬長亀次郎(せながかめじろう)も収監されていた。この暴動はその瀬長ら人民党幹部が起こした計画的犯行と見られた。だが、事実は受刑者たちが人権の尊重を訴えて起こした自然発生的暴動だった。
 最近、映画(『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』)にもなって大ヒットしたこの映画の主人公の瀬長亀次郎は、アメリカの支配に対し徹底的に闘い、沖縄の英雄的存在となった。瀬長については本連載の後半で詳しく述べたい。
 そういう前史を持った法廷で、元海兵隊員の米軍属が20歳の女性を強姦目的で襲い、その遺体を沖縄本島中部の恩納村安富祖(あふそ)の山中に遺棄した残忍な事件の裁きを受ける。
 そこにも、因縁めいた沖縄の悲しい歴史を感じた。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記