連載
沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 不幸な被害者となった島袋さんは、成人式を終えたばかりのダンスが大好きなAKB48のファンだった。彼女は同居する恋人との結婚を間近に控えていた。
 彼女は、メイクの専門資格を取るという夢を持っていたという。
 島袋里奈さんの夢が見ず知らずのアメリカ人軍属の一時の欲望によって一瞬にして断ち切られた無念さは想像を絶する。
 この犯罪の詳細が明らかになるにつれ、被害者とほぼ同世代の女性たちは、鬼畜のふるまいと震え上がったに違いない。
 シンザト被告の態度も裁判員たちの心証を相当に悪くしたはずである。
 右手で頬づえをつき、何を聞かれても「アイ チューズ トゥ リメイン サイレント(黙秘権を行使します)」と繰り返す態度には、私も神経を逆撫でされた。
 私もいろいろな裁判を傍聴したが、これほど悪い印象をもった被告はいない。
 シンザト被告の担当になってから何度か面会して話を聞いた主任弁護人の高江洲歳満によれば、黙秘権の行使は弁護士のアドバイスによるものではなく、被告人本人の意思だという。
 黒い「かりゆし」の喪服姿で傍聴席に座った被害者の母親は、シンザト被告が黙秘権を行使すると言った瞬間、ハンカチで顔を覆い、肩を震わせて嗚咽した。
 その声は法廷内の空気を静かに震わすように響いた。それを聞いた女性裁判員は、みな目に涙を浮かべた。裁判員がこれほど感情を露にする裁判は前例がなかった。
 傍聴席には、被害者の父親の姿もあった。やはり黒い「かりゆし」の喪服姿だった。

 娘の変わり果てた姿が発見された現場で号泣する父親の姿をテレビのニュースで見たことがある。
 そこはシンザト被告が軍属として勤めていたキャンプ・ハンセンと国頭郡(くにがみぐん)恩納村を結ぶ県道104号線沿いの雑木林の中だった。
 父親は花束で埋め尽くされた遺体遺棄現場にひざまずき、手を合わせて泣きながら「マブヤー、マブヤー、ウティクーヨー」と繰り返し呟いていた。
 後日、その現場まで案内してくれた地元出身の運転手によれば、「マブヤー」とはウチナー口(沖縄言葉)で「魂」を意味し、父親は亡き娘の魂に向かって「魂よ、魂よ、こっちに戻ってきなさい」と言っていたのだという。
 その後、父親が亡き娘に語りかけた「お父さんだよ。お父さんと一緒に帰ろうね」という言葉は、父親の無念さを語ってあまりあるものがあった。
 遺体発見からおよそ1か月後の(2016年)6月15日に放映されたNHKの「クローズアップ現代」に、現場を訪れて合掌する女子大学院生が紹介された。
 彼女はそこで次のような話をしている。
「怖いです。こんな山奥の人も通らない所に捨てられるなんて。今までここに来るのが怖くて逃げていたんですけど……」
 彼女は今回の事件と同じようにアメリカ兵に乱暴された友人の話も明かしている。
「彼女は私以外には誰にも打ち明けられず、今も深い心の傷に苦しめられていると思います。彼女は乱暴されたことを警察に言えなくて、今も泣き寝入りのままです。でも命はあっても、生きているという実感があれ以来持てなくなったのではないか、と感じます。あれが彼女の一生を奪ったんだなって……」
 圧倒されるのは、金城葉子さんという61歳の女性が実名で登場して、17歳のとき米兵に首を絞められて強姦されかけた忌まわしい体験を生々しく話す場面である。
 金城さんは今でもそのときのことを思い出すとフラッシュバックに襲われて息も出来なくなるという。
「だから今でもこれを手放せないんです」
 金城さんはそう言って、精神安定剤を示す。
 現場で合掌する女子大学院生は、番組の最後でこう語っている。
「安全を守る、暮らしを守るという名目で基地があって、米兵が何万人もいて。でも沖縄の人にとっては、その彼ら自身が脅威になっているんじゃないですか」



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記