連載
沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

「沖縄タイムス」は、2016年6月19日に、殺された島袋里奈さんの四十九日法要が名護市の実家で行われたことを報じている。この記事によれば、この日恩納村の遺体遺棄現場には403束もの花束が捧げられていたという。
 その花束ひとつひとつが、無言のうちに「マブヤー、マブヤー、ウティクーヨー」と叫んでいる。私にはそう思われてならなかった。
 主任弁護人の高江洲によれば、娘と結婚したシンザト被告にリフォームした家を提供した妻の両親の実家は、被害者女性の遺体を遺棄した恩納村にあったという。それを聞いて、この事件の残忍さと救いのなさをさらに強く感じた。
 遺体が遺棄された県道104号線沿いの山林は、かつて米軍が道路を封鎖し、県道越しに実弾射撃訓練をしたところである。
 唯一の生活道路を封鎖された住民は、抗議運動に立ち上がり、闘争は3年あまりにわたって続いた。
 この闘争は米軍の銃弾が最も激しく飛び交って反対運動の拠点となった喜瀬武原(きせんばる)の地名をとって喜瀬武原闘争と名づけられた。
 喜瀬武原は花卉(かき)栽培で有名な美しい村だが、今から40数年前、そんな命懸けの闘争があったことを知る人は少ない。
 その静かな村に近い恩納村の山中に降ってわいたようにして起きた凄惨な事件は、附近の住民にかつての悪夢を思い出させたに違いない。

 初公判の様子を伝えた「琉球新報」は2017年11月17日付の社説で黙秘権を行使した被告に対し「罪と正面から向き合え」と厳しく指弾した。

〈将来ある20歳の女性の命が奪われた痛ましい事件である。被告の権利とはいえ、黙秘権行使は許し難い。(中略)
 被告は罪状認否で「殺すつもりはなかった」と述べ、殺人罪の起訴内容を否認した。強姦致死と死体遺棄の罪は認めた。
 その後の被告人質問で、被告は黙秘権を行使した。少なくとも被害女性、遺族に謝罪すべきである。事件から1年半余たっても、被告は反省していないと断じるしかない。
 被告は今年2月、米軍準機関紙「星条旗」に寄せた手記で、日本の法制度では女性暴行は親告罪で、被害者による通報率も低いとして「逮捕されることについては全く心配していなかった」とした。
 逮捕されなければ、何をしてもいいと言っているも同然である。被告の順法精神と人権意識の欠如の延長線上に、黙秘権の行使があるのではないか。
 殺意があると判断されなければ、人を殺しても殺人罪には問われない。強姦致死罪ならば、無期懲役などではなく、有期刑に処される。そのようなことを考えて殺意を否認し、黙秘したならば、言語同断である。(後略)〉

 この社説中にある「星条旗」については、後で詳しく述べたい。
「琉球新報」のこの社説に対し、照屋兼一沖縄弁護士会会長が懸念を表明したことを11月22日付の「朝日新聞」が報じている。照屋の主張は以下の通りである。
「正当な権利である黙秘権を行使したこと自体を厳しく論難し、一定の方向性をもった判決を期待する旨表明することは、黙秘権及び公平な裁判を受ける権利を軽視し、裁判員に影響を及ぼすことも懸念される」



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記