連載
沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 これに対し「琉球新報」は同日付紙面に玉城常邦論説委員名で「被告は全てを話すべきだとの主張に問題はない」との見解を出した。
「琉球新報」が社説で述べた通り、シンザト被告は罪状認否で「強姦致死と死体遺棄については有罪と認める」と述べたものの、「殺すつもりはなかった。計画では被害者を気絶させて近くのホテルに連れて行き、強姦したあと解放するつもりだった」として殺人罪で起訴されるのは不当とした。
 これに対し検察側は「被告は被害者に背後から近づき、後頭部をスラッパーで殴りつけた上、首を絞めナイフで背中や右肩附近を刺した」として、「強い殺意があったと認定できる」と述べ、殺人罪が成立することを主張した。
 前述したスラッパーとは護身用の道具で、革でできた棒状の先端に鉛または散弾粒が入った長さ30センチほどの武器である。一般的には打撃棒といわれ、強打すると人を死に至らしめることがある。
 さらに検察側は、「また被告は遺体を運ぶためのスーツケースを事前に準備するなど計画的であり、遺族の処罰感情は極めて強い」と陳述した。
 シンザト被告は島袋さんを暴行した後、与那原町(よなばるちょう)の自宅に電話をかけ、3年前に結婚した妻に「今日は遅くなるから」と連絡している。
 そして島袋さんの遺体を恩納村の山林に遺棄し、遺体を入れて運んだスーツケースをキャンプ・ハンセン内のごみ捨て場に捨てた。
 シンザト被告はその後、うるま市の犯行現場に戻り、放置してあったスラッパーや、島袋さんの自宅のカギと携帯電話を犯行現場近くの河川に投げ捨てたという。被告のこうした一連の行動は、常識では到底理解できない。
 被告が犯行現場で投げ捨てたというこれらの遺留品を警察の捜査本部が捜索する現場を、恩納村の遺体遺棄現場を見たあとに回った。
 遺体遺棄現場はかなり濃い霧に包まれていたが、うるま市の犯行現場に到着した頃には、霧は大粒の雨に変わった。
 一向にやむ気配のない雨の中、潜水服姿で汚い川に潜り、泥まみれになりながら遺留品を探す警察官たちの姿は、寒々しくもあり、涙ぐましくもあった。
 目の前で展開されるその光景は、本土の人間に刷り込まれた美しい沖縄の風景とは正反対だった。
 しかし、捜査陣の努力もむなしく、スラッパー以外の証拠物件は結局発見できなかった。遺体は白骨化し、決定的な証拠物件もない。
 結局、この事件を解明するには、被告の自供を待つほかはなかった。
 こうした懸命の捜査を続けた警察・検察側の神経を逆撫でするかのように、弁護側は「被告と被害者は向こうから来た車のヘッドライトに目がくらみ、一緒に草むらに倒れ込んだとき、頭を強く打って死亡した可能性もあり、殺人罪は成立しない」として被告の殺意を否定した。
 これを聞いたときは、呆れるほかなかった。
 うるま市内の殺害現場附近には、頭を強打して死ぬほどのコンクリート様のものはなく、シンザトと里奈さんが倒れてもみあった草むらの下はすべて柔らかい土だった。
 弁護側は殺意はなかったと主張した上で、「この事件は連日報道され、事件に抗議する県民大会も開かれたが、裁かれるのは米軍や基地でなく被告人本人である。冷静に臨み公正な判断をしてほしい」と裁判員に訴えた。
 しかし、この事件を米軍や基地と関係なく見てほしいというのは、虫がよすぎる言い分である。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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