連載
「沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 次の供述は極めて重要である。
〈彼は、捕まる心配はしていなかった。それは、日本では性的暴行が、文化的にも社会的にも被害者の傷となることから、表沙汰になる確率が非常に低いからだ、と語った。〉
 島袋さんの場合、まことに不幸なことに遺体で発見されたため事件が明るみに出たが多くの沖縄女性は米国人にレイプされても「泣き寝入り」してしまうケースが圧倒的に多いことは想像に難くない。
 なかには素顔を出して米兵にレイプされた事実を告白する女性もいなくはない。だが、それは事件から相当時間が経って気持ちの整理がついてからで、事件直後に警察に訴えて犯人が逮捕されるケースは皆無に近い。
 キャサリン・ジェーン・フィッシャーというオーストラリア人女性が2002年に横須賀市で見知らぬ米兵にレイプされた事実を、『涙のあとは乾く』(講談社)という著書の中で告白している。
 これは泣き寝入りする女性が多い沖縄とは対照的なケースだった。
 彼女は勇気を出して警察に訴えた。しかし、警察の事情聴取は容疑者への尋問さながらで、そんな厳しい質問を受け続けた彼女は、セカンド・レイプされているようなみじめな気持ちになったという。
 そして事件後は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)まで発症し、摂食障害になった、と赤裸々に告白している。
 そうしたことを全く考えないで凶行に及んだシンザト被告の卑劣さは筆舌に尽くし難い。沖縄の女性たちはいつもこうした恐怖を抱えて暮らしている。
 本土の人間はそのことにもう少し想像力をめぐらせるべきである。もし自分の娘が島袋里奈さんのようになったらどんな思いがするか、胸に手を当てて考えるべきである。
 そうすれば「沖縄はガマンを知らなさすぎる」などとは口が裂けても言えないはずである。

 私が初公判でもうひとつ気になったのは、法廷で島袋里奈さんの名前が一切使われなかったことである。
 残忍非道な犯行で殺害された島袋さんの名誉を慮(おもんぱか)っての配慮だったのだろうが、私にはそれは無用の配慮、というより欺瞞としか感じられなかった。
 島袋さんは匿名の沖縄女性として殺されたわけではない。親からもらった島袋里奈という立派な名前をもった一人の女性として、無残にも殺害された。
 彼女は自分の名前に誇りを持っていたはずである。島袋里奈という名前で振り袖の晴れ着姿で成人式に出席し、島袋里奈という名前で婚約者の男性との結婚に期待をふくらませていた。
 第二回公判で明らかにされた父親の供述調書によれば、父親は姓が硬い印象を与えるので、せめて名前だけは柔らかな響きにしたという。
 未熟児で生まれ、よその子供より体が小さくて心配したが、名前通り誰からも親しまれる明るい子に育った。供述調書ではそう述べられている。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記