連載
「沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 そうした思いをもって名づけられた女性が、突然この世からかき消された。それこそが、この事件の一番の悲劇である。それを名前もあげないまま、法廷で語られることは私には島袋さんに対する冒涜(ぼうとく)としか思えなかった。
 沖縄の新聞もこれに倣(なら)って実名をあげなかった。事件発生当時は島袋さんの実名を出すどころか、生前の写真まで大きく掲載しながら、裁判となると口を拭って匿名にする。こんな報道姿勢では本土メディアをまったく笑えない。
 私はこの種の事件が起きると、特別な事情がない限り、加害者、被害者とも実名で書くことを鉄則としてきた。
 それが書き手としての取材対象者への最低限の礼儀だと思っているからである。そのことによって批判されるのを覚悟することからしか、こうした事件への本当の怒りは生まれない。
 犯行の様態があまりに生々しいためなのか、裁判では首を絞めるという代わりに「チョーク」という言葉を使った配慮も笑止千万だった。これでは残忍な殺人事件が「プロレス」並みの茶番劇になってしまう。

 第二回公判は初公判翌日の11月17日に行われた。初公判ほどではなかったが、那覇地裁前には長蛇の列ができた。
 この日もシンザト被告は頬づえをつき、黙秘を貫いた。彼を見つめる裁判員の目つきが前日より冷たくなったように感じられた。
 この日明らかにされた供述調書で、「娘の行方不明後、自家用車で寝泊まりしながら探した」「警察から遺体が発見されたという連絡が入ったときは頭が真っ白になった」などと述べていた父親は、検察側の証人として証言席に喪服姿で立ち、声をふり絞って極刑を求めた。
「私から被告人に言う事は何もありません。
 私たち遺族は、被告人を許すことは出来ません。
 いかなる言い訳も通用しないし、信用しません。
 一人娘を失った悲しみ、苦しみ、そして、憎しみ、怒りがあります。
 私たち遺族は極刑を望みます。
 命をもって償って下さい」
 やはり喪服姿の母親は自分で意見陳述することができず、母親直筆の陳述書を代理人の女性弁護士が代読した。
 この女性弁護士には、裁判が始まるかなり前に接触していた。だが、そのときの女性弁護士の対応はけんもほろろだった。
 こんなつんけんとした態度で、被害者の立場に立った弁護活動をすることができるのだろうか。正直そう思っていた。
 しかし、母親の陳述書を代読させるという手があったのか。弁護士とハサミは使いようである。彼女の淡々とした朗読は、却(かえ)って被害者の母親の悲しみを切々と訴えるものがあった。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記