連載
「沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 11月24日の第三回公判では被告に対する論告求刑が行われた。論告求刑の最大の争点は殺意の有無だった。
 検察側は逮捕直後の供述を引用して、シンザト被告が被害者女性の後頭部をスラッパーで殴り、腕や両手で首を絞めた上、ナイフで首を刺したと主張した。これらの行為は命を奪う危険性が高いことから、被告には殺意が認められると指摘した。
 さらに被告には遺族に対して謝罪や反省の言葉もなく、死刑検討に値する事案とした。だが被告には前科がないことを考慮して、無期懲役が相当との求刑をした。
 無期懲役の論告求刑があったとき、シンザト被告は唇を噛(か)み、眉にしわをよせて一瞬顔をこわばらせた。
 これに対し弁護側は従前通り、殺人罪は成立しないとして、有期刑を主張した。
 最後に裁判長から発言を求められたシンザト被告は、「私は悪い人間ではありません。この状況を私は意図していません」とまるで他人事のように述べた。
 被告は裁判の進行とはまったく無縁のところにいた。シンザトは裁判という航行する船には一緒に乗らず、川岸からその船をぼんやりと見ている男のようだった。そこにこの事件のアブノーマルさを感じた。
 私は、シンザトの言わずもがなのこの一言で、被害者遺族と裁判員の心証は決定的に悪化したと思った。
 この日の法廷は、12月1日に判決を出すことを告げてすべて終えた。

 この裁判で最も異様だったのは、被告側の親族が一人も姿を見せないことだった。
 どんな凶悪な事件でも、ふつうは被告側の親族が情状を求めて陳述に現れるというのが、いわば裁判の常識である。
 ところがシンザト被告の場合、結婚からあまり時間がたっていない妻も、ニューヨークにいる母親も現れなかった。
 それには、それぞれ理由がある。夫がレイプ目的で犯した暴行殺人事件の裁判に妻が来るとはとても考えられないし、シンザトのニューヨークの母親は貧しくて日本に来る航空運賃もないという。そこにこの事件の救いのなさをあらためて感じた。
 私の過去の傍聴経験でいえば、これとまったく同じケースが一つだけあった。
 独身男性を色仕掛けでたぶらかし、練炭による一酸化炭素中毒で殺害した容疑で逮捕・起訴された首都圏連続不審死事件の木嶋香苗被告(一審二審とも死刑、2017年4月14日上告棄却、死刑確定)のケースがそうだった。彼女には母親も弟一人と二人の妹もいたが、法廷にはただの一度も姿を見せなかった。
 事件の異様さと、被告のサイコパスを思わせる異常性という点では二つの事件はよく似ている。
 ケネス・フランクリン・シンザトも木嶋香苗も被害者をこの世から消滅させただけではない。彼らは被害者の家族と、自分の家族もまた深い悲しみとともに死に至らしめたのである。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記