連載
「沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 防衛大学の教授もした野中郁次郎が書いた『アメリカ海兵隊』(中公新書)の中に面白いエピソードが紹介されている。
 ――海兵隊の最初の新兵募集(リクルート)はタン・タバーンと呼ばれる居酒屋で、その所有者キャプテン・ロバート・ムランによって始められた。この居酒屋が海兵隊の生誕地とされている。一説によると、海兵隊などといっても誰も知らないので、酒場で泥酔させたところで入隊のサインをさせ、引き立てていったといわれる。実際に当初集めることができたのは、わずか一〇人の将校と約二〇〇人の兵にすぎなかった。最初の海兵隊司令官は、サミュエル・ニコラスという居酒屋経営者であった。他の将校も職人や商人で、兵の大半はとりたてて技能もない移民であり、戦闘についての豊富な知識をもっている者はほとんどいなかった──。
「命知らずの荒くれ者の集団」といわれる海兵隊のルーツが、飲んだくれが集まる居酒屋だったという話は興味深い。
 高江洲のインタビューに戻ろう。
 ――海兵隊で彼がもらっていた給料はどれくらいだったんですか?
「正確な数字ではありませんが、週給190ドルくらいじゃないですか」
 ――そんなものですか。日本円にすると2万円弱ですからコンビニの学生アルバイトより安い。
「月にすると800ドル弱くらいです。ただ、家や食事はすべてただですから」
 ――判決では死刑もありうると考えていましたか?
「被告本人が最初の頃、法務官からそう言われたと心配していましたね」
 ――えっ、法務官から?
「軍の法務官から『これは死刑事案だよ』と言われたそうです。それで本人もだいぶ心配しておりました」
 軍の法務官が被告人に会いに来たのは、この一回限りだったという。
 ――米軍とすれば、あんたはもう軍を離れているのだから、軍とは関係ないよという最後通牒のように思えますが。
「ま、そういう解釈もできますね」
 ――ところで裁判では被害者の女性の実名は一切出ませんでしたね。事件当時、地元の新聞は大々的に書いていたのに。これはなぜだと思いますか?
 「裁判所の方からある時期、被害者の名前を出さないようにしようという要望がありましてね。それは裁判官が代わってからですよ。病気になって交代させられた前の裁判官だったら実名を出す可能性はあったと思います」
 しかし、私から言わせれば、裁判で被害者女性の名前を明かさなかった理由を裁判長は自ら説明すべきだった。
 裁判長が被害者女性の名前を明かさないのが自分の信念だというなら、それはそれで構わない。
 だが、その信念を傍聴者のいる公判廷で説明しないまま、内部関係者たちの調整だけで済ませるのは公正さを欠いている。
 それは、裁判所の権威と信頼感を低下させるだけである。裁判官はそれを肝に銘じるべきである。
 ――傍聴に来ていた高里鈴代さんが「琉球新報」に、あまりにも準備が周到なので、被告はアメリカで同種の犯罪をやっていたのではないか、という疑問を寄稿しています。この点についてどう思われますか。
 「それについては私にはわかりません。ただ、類似の事件が確かワシントンであったという話は、スターズ・アンド・ストライプス(「星条旗」)の記者から聞いたことがあります。CID(アメリカ陸軍犯罪捜査司令部)が調査を始め、シンザトにも嫌疑がかけられたと言っていました。手口が一緒だったそうですが、結局、捜査は進展しなかったようですね」



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
Back number
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②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記