連載
「沖縄はどう生きるか
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記 佐野眞一 Shinichi Sano

 シンザトの控訴審は今年の5月ごろから始まる見通しである。だが、一審判決が覆ることはまずないだろう。
 彼はいま未決囚として沖縄地裁に隣接する沖縄刑務所那覇拘置支所に収監されている。だが、刑が確定すれば、横浜刑務所横須賀刑務支所(以下横須賀刑務所)に送られる。
 横須賀刑務所には在日米軍兵士やF級といわれる外国人犯罪者などを収容する専門舎房があり、久里浜少年院に隣接している。
 法務省矯正局が平成23年7月にまとめた「米軍関係受刑者に関する処遇について」という資料によれば、平成20年から23年まで横須賀刑務所に収監された米軍関係受刑者は、以下の通りだった。
 平成20年=14名(うち那覇拘置支所から移送された者9名、以下同)
 平成21年=15名(9名)
 平成22年=16名(10名)
 平成23年=13名(8名)
 沖縄出身の弁護士で社民党参議院議員の照屋寛徳は、横須賀刑務所を視察したことがある。照屋によれば、日本の刑務所は犯罪者の更生・社会復帰を目的とする矯正施設だが、米軍人や軍属が収監される横須賀刑務所に限っては、早期現役復帰施設と思った方がよいと言う。
「横須賀刑務所に収監される米軍人や軍属の扱いは、日本の刑務所に収監される受刑者とは、天と地ほどの違いがあります。ステーキは食い放題、コーヒーは飲み放題、フルーツだってちゃんとついています。それらのぜいたく品は、補充食料と呼ばれ、米軍から一人当たり年間500キロの差し入れが行われています」
 日米囚人の待遇格差は、食事だけではなく入浴や暖房にも及んでいるという。
「米軍関係受刑者には、シャワーは土曜、休日を含めて毎日使用させています。シャンプーやリンスも米軍から差し入れられています。暖房も寒くなったら廊下でストーブを焚くだけの日本人受刑者に対し、米軍関係受刑者は暖房設備のある房に入っています」
 照屋は最後に「無期懲役囚でも横須賀刑務所に入れば、20年程度で釈放され、本国に送還される可能性が高いでしょうね」と言った。
 横須賀刑務所の房舎には、アメリカ本国に抜ける大きなトンネルの穴が掘られている。不平等なのは、日米地位協定の問題だけではない。
 こうした米軍関係者の事件の延長線上に、こんな事実が隠されているとは、たぶん多くの読者は知らなかったはずである。
 沖縄を白い砂と青い海だけの島だと考えるのは、浅薄な見方である。もし沖縄がそうした夢のような島なら、米兵や米軍属によるレイプ事件はこれほど頻発しない。
 うるま市を夜間ウォーキング中の女性は、沖縄の深い闇にまぎれて殺害され、沖縄の濃い霧に視界を遮られた寂しい山中に捨てられた。
 日米の歪んだ関係の中で起きたこの不幸な事件の背後には、沖縄の夜と霧の深い闇が潜んでいる。
 私たちが注視しなければならないのは、シンザトが釈放され、アメリカに送還されても、沖縄で犯した事件と同様の犯罪を起こさないという保証はどこにもないということである。
 全沖縄と全沖縄女性を敵に回した元海兵隊員の姿は、皮肉にも戦後73年経ついまでも、日本から「捨て石」として扱われ続けている沖縄の立場と、どこか共通する運命を担わされているような気がしてならない。
 それにも増して気がかりなのは、沖縄の女性との間に生まれ、いまは離婚してシングルマザーとなった母親に育てられている男の子の将来である。
 この子はいま2歳になる。もう自分の境遇がわかり始める年頃である。米兵と沖縄女性との間に生まれたこの子の行く末を考えると、どうしても気持ちが暗くなる。
 この子には乳母車を押してくれた子煩悩なパパはもう二度と戻ってこない。
 沖縄という重すぎる枷(かせ)を一身に背負わされたこの事件の悲劇は、まだ始まったばかりである。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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