連載
「沖縄はどう生きるか
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地 佐野眞一 Shinichi Sano

かつて米軍基地は日本全国にあった
 基地といえば、沖縄の基地問題を考える上で重要な本がある。『基地の子』(光文社)という、いまや完全に忘れ去られた本である。
 この本の見返し部分には日本地図が描かれ、その上に米軍基地がある場所が飛行機のマークなどで示されている。
 北は稚内から函館近くの八雲(やくも)、本州では新潟や静岡県の焼津、九州では熊本県の人吉(ひとよし)や鹿児島県の鹿屋(かのや)までが、飛行機マークで埋め尽くされている。
 この本が出版されたのは沖縄がまだ米軍の統治下にあった1953(昭和28)年である。だから、日本ではなかった沖縄はこの地図から外されている。
 同書の前書きには、こう書かれている。
〈どなたも御存じのように、現在、この狭い日本の中には、六百いくつかのアメリカ軍軍事基地があります〉
 この本は、その基地の近くに住む子どもたちの作文を集めてつくられた。
 その作文のタイトルからだけでも、子どもたちが米軍基地を迷惑施設と感じていることが伝わってくる。
「女ずきな兵隊」「酔った自動車」「ジープは嫌い」「いやな町」「こわい村」「ながれだま」「砲弾の下の村」「村の犠牲者」「真赤なたま」
 アメリカ人専用の赤線(売春街)や、パンパン(売春婦)を扱った作文、それにその結果生まれた混血児について書かれた作文も目につく。
「悪いパンパン」「ぱんぱんすき」「いばるパンパン」「戦争の馬鹿!」「あいの子」「人間の落し物」「混血の母と子」
 この本で私が一番驚かされたのは、いまはサーフィンの聖地となっている千葉県の九十九里浜海岸まで在日米軍の実弾射撃演習場になっていたことである。
 この部分を読んだとき、子どもの頃の思い出が急に甦ってきた。
 私は小学校にあがる前、祖父に連れられて九十九里浜海岸に行ったことがある。
 そのとき一番印象的だったのは、機体を真っ赤に塗った無人機(地元の人たちは赤トンボと呼んでいた)を米軍が高射砲で撃ち落とす訓練を行っていたことだった。
 撃ち落とされた無人機を、地元の漁師が地引網で引き揚げるといくらかの謝礼金がもらえるらしく、赤トンボが撃ち落とされる度、漁師たちが地引網を仕掛けに出かけて行った。
 私もその地引網を引いた一人である。網の中から真っ赤な無人機が出て来たときは奇妙な興奮に襲われたことをいまでも鮮明に覚えている。
 その近くに米軍基地があることなど、当時はまったく知らなかった。
 この話からもわかるように、あの時代は日本中がいまの沖縄と同じようなものだった。現在の沖縄の悲劇は、かつて日本中にあった米軍基地のほとんど全部が集められてしまったことから生まれている。
 こういう歴史的事実があったことを、本土の人間はもっと知るべきである。そこからしか沖縄問題の本当の解決策は見つからない。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
Back number
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記