連載
「沖縄はどう生きるか
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地 佐野眞一 Shinichi Sano

 トランプやアメリカについての話題が一段落すると、照屋は急にこんな話を持ち出した。
「嘉手納の元町長の宮城篤実(みやぎとくじつ)さんにはぜひ会ってください。実は篤実さんと僕とは兄弟なの(笑)」
 ――えッ、本当ですか!?
「脳梗塞兄弟(大笑)。脳梗塞では僕が兄貴分(笑)。僕が脳梗塞になったのはもう12年前だけど、宮城さんは5年前に脳梗塞になった。現役の嘉手納町長のときは必ずしも僕と政治的な思いは一緒じゃなかったけど、篤実さんが脳梗塞になって僕がお見舞いに行ったとき、ボロボロ泣いてね。そのとき僕は『篤実さん、年齢はあなたの方が先輩だけど、脳梗塞は僕の方が先輩だからね(笑)』と言って励まし合ったんですよ」
 宮城篤実は翁長知事の重要なブレーンだと聞いていたので、以前から会いたいと思っていた。照屋の話はまさに渡りに船だった。
 宮城篤実の感動的なインタビューについては、本連載の今後に期待していてほしい。
 ――照屋先生の専門分野の法律の話をすれば、稲田朋美(いなだともみ)というとんでもない女がいますね。あれも弁護士ですよね。
 稲田は安倍晋三になぜか重用され、第三次安倍内閣の第二次改造人事で防衛大臣に大抜擢された。その後、南スーダンのPKO日報隠蔽問題や都議選での「自衛隊としてお願い」と発言した職務権限を逸脱した応援演説などで辞任に追い込まれるが、この時点ではまだ防衛大臣だった。
「僕は彼女に安全保障委員会で二度質問したんです。『あんたは防衛大臣としても、弁護士としても資格がない。即刻やめた方がいい』って」
 ――話は変わりますが、照屋さんは1945年7月のサイパン島生まれですよね。
「そうです。佐野さんの二つ上です。米軍はサイパン島に昭和19年の6月に上陸して、7月にはもうサイパンの日本人はバンザイクリフに追い詰められる。それで僕の一家もバンザイクリフから飛び込んで一家みんなで心中しちゃおうと考えていたらしいんです」
 こういう深刻な話も屈託なく話すところが、誰にでも好かれる照屋の魅力である。
「そのとき僕の春子という当時14歳の姉が、もう一度水をたらふく飲んでから死にたいと言ってぐずってね。それでぐずぐずしているうちにアメリカ軍に捕まって捕虜になった。その捕虜収容所で両親が愛の営みをして、僕が生まれた」
 こういう悲惨な話の中に「愛の営み」という言葉をさりげなくはさみこむところが、照屋の誰にも真似できない素敵なところである。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
Back number
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記