連載
沖縄はどう生きるか
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇 佐野眞一 Shinichi Sano

薩摩藩の血も涙もない琉球支配
 慶長14年の薩摩による琉球侵攻以降、琉球王国は薩摩藩の付庸国(ふようこく=宗主国から一定の自治権は認められているものの、内政と外交については宗主国から制限を受ける)となり薩摩藩への人頭税(後述)の献納を義務づけられた。
 薩摩藩が琉球王国を支配下に置いたのは、貧しい藩の財政事情を立て直すためだった。
 薩摩藩は桜島の度重なる噴火により、その領地の大半が火山灰で覆われ、その領地のほとんどは、農業には適さない痩せた土地だった。
 その不毛の土地が、琉球侵攻によるサツマイモの移入によって、餓死者を出さない土地に生まれ変わった。また琉球のサトウキビからつくられた黒糖も薩摩藩に莫大な利益をもたらした。
 明治維新の最大の原動力となった薩摩藩のエネルギーは、元はといえば琉球王国の富によって築かれたものだった。言葉をかえれば、薩摩藩は琉球侵攻によって、江戸時代琉球という植民地を持つ唯一の藩となった。
 薩摩藩の支配下に置かれた琉球の首里王府は、薩摩藩による重税の皺(しわ)寄せを宮古島(みやこじま)、八重山(やえやま)など先島(さきしま)諸島の民に転嫁した。これが悪名高い人頭税である。
 宮古・八重山が割を食う形になったのは、琉球処分の翌年の明治6(1873)年に、宮古・八重山を清国に割譲する案があったためだった。
 この話は立ち消えとなったが、為政者はトカゲのしっぽ切り同然、いつの世も社会の矛盾を貧しい者、恵まれない者に押しつける。
 人頭税は、天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)で有名な島原の乱が起きた寛永14(1637)年から始まり、明治35(1902)年に廃止されるまで実に266年もの長きにおよんだ。
 人頭税は所得、資産の状況にかかわらず一律に課税される。そのあまりの不公平さから、世界で現在この税制を課しているところはひとつもない。
 首里王府が先島諸島にかけた人頭税の税率は八公二民(収穫高の八割が薩摩藩、二が先島の住民)という過酷なものだった。
 沖縄最西端の与那国島(よなぐにじま)も、この重税に苦しめられた。
 今年3月、今上天皇が恐らく最後の沖縄行きになる旅で初めて訪問した与那国島には、クブラバリ伝説と人枡田(トゥングダ)伝説が今でも語り継がれている。
 与那国島の久部良(くぶら)港の近くの岩場に、クブラバリと呼ばれる岩の裂け目がある。ここに妊娠した女性が全員集められ、その裂け目を飛び越えさせられたという。
 その岩の裂け目を覗いてみたことがある。岩の裂け目からは、激しく渦巻く波しぶきの音が地の底から不気味に聞こえるだけで、とてもその裂け目を飛び越える勇気は持てなかった。
 沖縄の本土復帰より3年前の1969年暮れ、宮古島や石垣島、与那国島に出かけ人頭税の調査をした民俗学者の谷川健一は、与那国島のクブラバリまで案内してくれた役場の職員から、こんな話を聞いている。
 琉球大学の体育教師が一度、勇気を奮ってクブラバリを飛び越えたことがあるが、断崖の向こうに着地した瞬間、教師は気を失ってしまった……。
 恐らくはここに集められた妊婦のほとんどはクブラバリの深い裂け目に落下して、たちまち絶命したことだろう。
 人枡田も、クブラバリと同様、人口調節のためのものだった。
 ここには人頭税を課せられた15歳から50歳までの男子が鐘と太鼓で非常招集された。遅れて田に入り切れなかった病弱者や年寄りたちは農耕労働に耐え切れないと判断され、役人によって容赦なく撲殺された。
 嬰児(えいじ)の扼殺(やくさつ)や堕胎の悪習は常態化し、男は名子(なご)と呼ばれる農奴への転落の道を辿(たど)り、女は争って薩摩藩の役人の妾になった。
 今述べた谷川健一は、「沖縄・辺境の時間と空間」(『谷川健一全集』6沖縄(二)所収・冨山房インターナショナル)で、与那国島で目にしたこんな印象深い場面もスケッチしている。

〈沖縄はかつてその全存在をかたむけて祖国を夢みた。私は日本の最南端である与那国島をおとずれたとき、そこの小学校のガラス窓に雪の結晶の切り紙がいくつも貼ってあるのをみて、思わず立ちどまり息をのんだことがある〉

 雪が降ることがない南の島で薩摩藩にこれほど収奪されながら、「祖国日本」に舞う雪の結晶を夢見る子どもたちの気持ちを考えると思わず涙ぐんでしまう。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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