連載
沖縄はどう生きるか
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇 佐野眞一 Shinichi Sano

「琉球王」奈良原繁の暴政の数々
 沖縄県政史上に残る権勢を振るって名を成した奈良原繁は、勇猛果敢をもって知られる薩摩藩士の中でも血の気の多さでは一、二を争う人物だった。
 奈良原繁の名を一躍有名にさせたのは、文久2(1862)年(旧暦)4月23日に起
きた「寺田屋事件」だった。
 これは京都伏見(現・京都市伏見区)の旅館・寺田屋の二階に結集した薩摩藩尊皇派の急先鋒だった有馬新七(ありましんしち)ら8人が藩主の父・島津久光(しまづひさみつ)の上意で粛清、斬殺された血腥(ちなまぐさ)い事件である。
 有馬新七は幼い頃から剣の達人として知られ、西郷隆盛や大久保一蔵(利通)と同じ鹿児島城下の加治町で育ち、彼らと精忠組(せいちゅうぐみ)を結成した。有馬は井伊直弼(いいなおすけ)の「安政の大獄」に激怒し、桜田門外の変に馳せ参じようとした熱血漢だった。
 その有馬が斬殺された「寺田屋事件」の中で、最も血腥い男が、若い頃から武闘派として知られた奈良原繁だった。時に奈良原28歳の男盛りだった。
 下中弥三郎の『維新を語る』(日本書房)という本の中に、寺田屋事件の惨劇の様子がまるで見て来たような講談調の文章で書かれている箇所がある。

〈『上意打ちじゃ覚悟せい。』(中略)
 互いに渡り合うはずみに有馬の刀が折れた。副刀を抜く暇がない。(中略)
 有馬いう。『我偕(おいごと)刺せ、我偕刺せ』(中略)声に応じて有馬の背から(中略)腹まで串貫く。(中略)
 奈良原は捧げていた刀を投げ出し、二階を見上げて『待つてくれ。待つてくれ。同志打をした所でしかたがない。今、己(おい)どんがそこに上がつて、話をする。』こういつて大はだ脱ぎとなり、二階の上がり口に立ち塞がった人々の間に分け入る〉

 このとき奈良原繁は、有馬新七が腹をかっさばいて苦しむのを見るに忍びず、愛刀の備前忠吉(びぜんただよし)をふるって新七の首を斬り落としたと伝えられる。
 奈良原の手には乱闘や介錯の返り血による血刀が握られ、もろ肌脱いだ上半身は鮮血で真赤に染まっていたという。
 このとき島津久光による処分を心配した大久保一蔵が奈良原繁に宛てた手紙が残っている。
 同じ年の(旧暦)8月21日、奈良原は島津久光に随行して、江戸から薩摩に帰る途上の武蔵国生麦村(現・横浜市鶴見区生麦)で、島津久光の行列に飛び込んできた騎馬に乗った英国人たちに最初の一撃をふるい、リチャードソンというイギリス商人を斬殺した。
 後の薩英戦争の原因となるこの「生麦事件」で、最初の一太刀をリチャードソンに浴びせたのは、長らく奈良原繁の兄の奈良原喜左衛門だと言われてきた。
 だが、奈良原繁の孫の奈良原貢の近年の証言(「読売新聞」1997年5月11日付)によって、生麦事件の実行犯は弟の奈良原繁だったことが明らかになった。
〈祖父が切った〉と伝え聞くという見出しを掲げた読売新聞の記事によれば、喜左衛門は藩の実力者だった三つ年下の弟、繁の身代わりになったという。
 鹿児島ではこの件で兄弟両家の関係が険悪になり、傷害沙汰もあった。記事はそう伝えている。
 この歴史的告白をした孫の奈良原貢は、若い頃はノンプロ野球の函館オーシャンで投手として活躍したこともある。
 読売新聞の記事は、奈良原貢がそういう自分を称して「腕力が強く、けんかばかり。歴史にあまり興味はなかった」と述べたとしたあと、こう続けている。

〈親せきから「貢の短気は繁に似ている」と言われることだけが祖父と自分との接点だった〉

 奈良原家の“瞬間湯沸かし器的”血統については、また後で述べる機会があるだろう。
 奈良原は明治維新後、島津本家の家令となり、その後大久保一蔵の進言で内務官僚に転じた。
 奈良原の明治維新以降の人生は、同じ薩摩藩出身の西郷隆盛が明治政府の方針に反対して西南の役を起こしたのとは全く対照的だった。奈良原は、明治政府の意向通り、出世街道を驀進(ばくしん)した。
 明治10(1877)年2月、西郷が1万6000余名の兵を率いて鹿児島を出発し、熊本城を包囲したときには、政府軍に与(くみ)していた奈良原は、明治政府の軍艦で鹿児島を脱出し、東京へ避難したといわれる。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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