連載
「沖縄はどう生きるか
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇 佐野眞一 Shinichi Sano

杣山開墾をめぐる対立
 奈良原が官選の第4代の沖縄県知事に着任した翌年の明治26(1893)年12月、謝花昇は県から土地調査委員に任命された。
 ここから、杣山問題をめぐって奈良原と謝花の対立の火ぶたが切って落とされた。杣山とは近世の琉球に於いて、地域住民に木材を供給するため村が共同管理していた山林のことである。
 杣山開墾は、まだ知事制度ができる前の県令時代に始まっている。それは千葉県流山(ながれやま)で新撰組隊長の近藤勇の捕縛に立ち会った彦根藩の西村捨三(にしむらすてぞう)4代目県令(明治16年〜明治19年)の時代まで遡る。
 西村は沖縄県令時代、北大東島、南大東島の領土編入に尽力した。
 この開墾事業は、貧困士族の救済、殖産興業の大義名分によってとられた明治政府の国策だった、貧乏県の沖縄にとって食糧を自給するための耕地開拓が必須なことは、農業、林業政策に通じた謝花もよく理解していた。
 以下にあげるのは、謝花昇が明治26年頃、県に提出した開墾趣意書である。少し長いが、簡にして潔の見本のような文章なので、全文引用する。

〈本県の人口と耕地面積を比較すれば一人に付六畝(せ/6アール=600平方メートル)強なり是を以て之を見れば四十余万人の人民は何を以て旧来飢渇の苦しみを免れ居るか、実に怪まざるを得ざる処なり、殊に首里無禄士族の如きは廃藩置県の際より農たらんとして土地なく、商たらんとして資本なく、その子弟たる者漸く農家の子守奉公に傭はれ一ケ月二十銭又は二十五銭の給金を貰ひ糊口を凌ぎ居る者なりと、実に憐まざるべけんや、然るに本県に於ては旧山林にして杣山と称する一種の荒蕪地北谷(ちゃたん)、読谷山(ゆんたんざ)を初めその他の各間切(筆者注・琉球の行政区画)にも大凡何万坪の広大なる土地ありてみな農作物に適するの地なり、名は杣山と称するも其の実は数十年来荒蕪に付し去つて敢て問はざるものゝ如し。右種類の土地にして各村苦情なき所は是まで多少開墾許せし者あれども、一般の繁殖を計り士族の救助を補助するに足るものなし、故に昨年来屢々(しばしば)実地を視察し山林の保護村民の苦情等に差支無之分は成るべく開墾致させ度見込に有之最も旧藩士初め士族人民とも志願の者陸続之あるに付左の命令書を発し応分の地所貸与致度〉

 一読して頭の良さが伝わってくる文章である。
 要約すれば、「沖縄は人口に比して土地の面積が狭い。この問題を解決するには、杣山と呼ばれる荒蕪の地を開墾して窮乏にあえぐ旧士族の殖産に資すれば、これほど有益なことはない」と述べている。
 謝花のこの考え方が根本から覆るのは、明治27(1897)年、沖縄本島北部の国頭(くにがみ)地方の杣山の状況を視察してからである。
 これは「国頭地方本部(もとぶ)間切杣山の景況」という報告書にまとめられている。

〈明治二十七年一月十一日国頭地方の杣山巡視として出張を命ぜられ十三日より名護間切西方杣山巡視に出掛け翌十四日より本部間切杣山に踏入りたり。入り見れば見る程樹木の濫伐があり又開墾地も同様処々に見受たり。遂に余は一の疑念を起し……〉

 以下は地元民との問答が続くのだが、原文だと煩わしいので私なりに噛み砕いて記そう。
 樹木がいつの間にか濫伐され、非開墾地が開墾されているのは、間切吏員らによって不正が行われているからである。その収益が君らの懐に入っているのは、皆知っている。
 謝花が「貴君らは無断開墾者と同類の者か」と正すと、皆押し黙ってしまった。謝花は憤慨し、ふだんから思っている正論を述べた。
「君らは山林を不要のものだと考えているかもしれないが、それは甚(はなは)だ心得違いの考えである。樹木の成長は遅く、一朝一夕に成果が得られるものではない。山地が荒れれば、田畑にも害を及ぼし、港にも土砂がたまって船の航行にも支障を来す。今後は山林の管理を徹底して行い、貧困士族の授産に限っては、杣山の開墾を許可するつもりである、そのことをよく心得ておくように」



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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