連載
沖縄はどう生きるか
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生 佐野眞一 Shinichi Sano

“おらんだぐさ”と呼ばれて男心を虜にした色白の徳球の妹
 若き日の矢野克子の写真を見ると、目鼻立ちがはっきりした典型的な南国美人である。克子が沖縄県立第一高等女学校三年の夏、福岡県大牟田市出身の矢野酉雄(とりお)という教師が赴任してきた。克子より8歳年上の恰幅のいい男だった。
 二人はすぐ恋仲になり、矢野が鹿児島第二師範学校に転勤するのをきっかけに所帯をもった。子供は男児4人が生まれた。
 矢野酉雄はその後、教職から退き、大日本雄弁会講談社に入社。矢野の講談社入りには、同じ沖縄の教職員仲間だった野間清治からの勧誘があったのかもしれない。矢野はその後、教化団体「生長の家」の教育部長となり、満州各地を講演旅行で歩いた。
 戦後は保守系の「緑風会」から政界に進出し、参議院議員を一期つとめた。この経歴からもわかるように、“獄中十八年”の義兄・徳田球一とは対照的な人生を送った。徳田球一の「俗っぽさ」だけを濃縮したのが、矢野酉雄の人生だったといってもよい。
 矢野酉雄の息子たちに東京の青山で会った。しかし、徳田球一のことについてはほとんど得るところがなかった。渡部が「矢野経済研究所の連中に会っても仕方ありませんよ」と言っていた理由がこれでわかった。
渡部「徳田球一は『自分は“ジュリ”の子だ』ってへっちゃらで言うでしょ。ところが矢野経済研究所の連中は自分らの父親が保守系の『緑風会』出身なものだから、その話はご法度なんです。自分らの縁戚が“ジュリ”の子じゃ世間に顔向けできないってことでしょう。徳田の弟の正次はもっとダメで、この男は日蓮宗にはまって満州ゴロになるんです。徳田球一全集を作るなんて言って、関係者たちからめちゃくちゃ金を巻き上げるんです。徳球はこの男とは付き合うなと言って、義絶を宣言したくらいなんですから」
 ただし、長男の雅雄が、「矢野経済研究所を興したのは私です」と言ったのには、仰天した。
 なぜなら、私がまだ駆け出しの記者の頃、矢野経済研究所の企業レポートをよく参考にして記事を書いていたからである。
 詳しくは後述するが、徳田球一は獄中にいても世間の株価が気になってならない男だった。その血が、末妹の克子の血を通して、矢野経済研究所で花開いたとも言えなくはない。“獄中十八年”と市場調査会社では常識的にいえば、まさに油と水である。
 矢野雅雄は伯父の徳田球一についてはほとんど知らなかったが、「矢野克子の兄の徳田正次にはさんざん迷惑をかけられました」と言った。この証言は、渡部の証言と完全に一致していた。
 矢野酉雄が自費出版した自伝『孤山矢野酉雄』に、沖縄県立第一高等女学校時代に矢野克子の下級生だった金井喜久子という沖縄の作曲家が、若き日の克子のことと、克子と結婚した矢野酉雄のことについて書いている。
〈その頃の克子女史は、やせ型の色白で、大変美しかつたので、一名オランダぐさと言われていた。外人のことを沖繩では総じて、オランダと呼んでいたからである。えび茶の袴を胸高にしめて、長い袂をひらひらさせながら、いつも矢野先生の側に、三、四人の友人と共によりそうようにしていたことが思い出される。「あの人ね、徳球さんの妹ですつてよ」「徳球さんてどんな人なの」「とてもこわいことするんだつてよ」「天皇陛下も警察もなしにして、その上お金持ちも貧乏人もなくして、平等にするんだつて」われわれ一年生の間で始めて、ささやかれた空飛ぶ円盤のような話であつた。
「ところがね矢野先生は天皇崇拝で、日本の国を愛し、共産党は大嫌いだつて」「そういう徳球の妹である克子さんとはばかに親しいんではないこと」そういうやりとりから、妙に劇的印象を受けた私は、克子女史が学校を卒業し、矢野先生が帰国なさつた後、寂しくなつたテニスコートをながめながら時折り思い出していたのであつた。(中略)
 戦後混乱の折り、(筆者注・矢野酉雄先生は)参議員(ママ)にうつて出られ、日本の建て直しに情熱をかたむけた時、猛虎徳球氏も議員となつて天下をあばれ回わるようになつた。
 克子女史は兄徳球氏を案じながらも、夫矢野酉雄氏と一体となつて共産党と戦わなければならなくなつた。人間として女性として、この相反する思想のただ中において、どれほど苦労なさつたことだろう〉



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
Back number
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記