連載
沖縄はどう生きるか
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生 佐野眞一 Shinichi Sano

 屋部さんの20代前半は壮絶だ。昭和20年。屋部さんの終戦は満州で迎えた。悲運にもゾルゲ事件に連座し、獄中死した叔父與徳の関わったあのソビエト連邦によってシベリヤに抑留されたのだった。寒く凍てつく大地を列車は屋部さんら日本兵を乗せて祖国とは真逆の西へと向かっていった。たどり着いた先は、中央アジアのカザフだった。そこで、3年もの間、炭坑労働に従事させられる。
 炭坑労働者として働く屋部さんの精神を支え続けていたのは、叔父、宮城與徳の「この次は、きっと君たちの新しい時代がくる」という言葉だった。
 戦後、ゾルゲ機関の活動は当時の国際関係の中でぎりぎりの反戦平和運動であったと客観的に評価されている〉
 元特高警察官の大橋秀雄は、著書の『ある警察官の記録』(みすず書房)で、1936年の2・26事件と、1941年から42年にかけてかかわったゾルゲ事件をあげ、こう述べている。
「私が今までに会った人で敬服した人は数人あるが、北一輝氏とリヒアルト・ゾルゲもその一人である」
 北一輝は2・26事件で青年将校を直接指揮したわけではなかったにも拘らず事件に連座して銃殺刑に処せられた民間人である。
 ――ゾルゲ事件は満州で知ったんですね。そのときの詳しい様子をもう少し教えてもらえませんか。
 屋部「朝、いつものように工兵隊の現場に行ったんです。すると自分の顔を見た連中の様子が少しおかしいんです。士官が『おい、お前これ知っとるか?』と言って新聞を見せるんです。見るとそこには『国賊』と書いてありました。宮城与徳ですよ。それで私が『はい、叔父です』と言うと、皆黙りこくってしまいました。その話はそれっきりでした。国賊といっても悪いことをするような叔父じゃないことはわかっていましたから」
 ――話は変わりますが、篠田正浩が監督をした『スパイ・ゾルゲ』(2003年公開)という映画がありましたよね。あれには宮城与徳は出ていましたっけ。
 屋部「出ています。でもあの映画でおかしかったのは、話をするとき宮城与徳が沖縄のイントネーションでやっていたんです。でも与徳は長い間沖縄にいなかったものだから、沖縄のイントネーションではないんですよ」
 ――それは初耳です。やっぱり一緒に暮らした人じゃないとわからない話ですね。
 屋部「宮城与徳は流暢な普通の日本語でした。東京弁のね。与徳は沖縄人だからって決めつけてそうしたんでしょうけど、あれには笑っちゃいました(笑)」
『スパイ・ゾルゲ』で宮城与徳を演じたのは、宮沢りえが主演した映画『豪姫』で豪姫の相手役をつとめたモデル出身の永澤俊矢である。
 ――宮城与徳が収監された刑務所はどこだったんですか?
 屋部「巣鴨です」
 ――ああ、いま池袋のサンシャイン60が建っているところですね。
 屋部「うちの母と母の妹が随分差し入れに行ったという話です。裁判にも通ったという話でした」
 屋部の話を聞いていると、終戦2年前の8月2日に獄死した宮城与徳が目の前に現れていまにも動きだしてくるようだった。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記