連載
「沖縄はどう生きるか
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生 佐野眞一 Shinichi Sano

 争議の前に溺れた人を助ける優しさも徳田なら、争議を株の儲けのためと割り切るドライさも徳田だった。
 もっととんでもない話がある。前掲の杉森久英の『徳田球一』に、この頃の徳球の素顔を彷彿とさせるエピソードが紹介されている。
 徳田と井之口が一緒に暮らした田端の下宿は、芥川龍之介の家とごく近い神社の境内にあった。その下宿の近くに青鞜社(せいとうしゃ)を興して女性解放を叫んだ「新しい女」といわれた女性とその愛人の画家が住んでいた。
〈徳田球一は夜おそく酔って帰ると、R・Hの家の門をどんどん叩いて、
「R……、R……、おれにもオ〇〇コさせろ!」
 と叫んだ〉
 昨今、女性記者を飲食店に呼び出して、「おっぱいさわっていい」「キスしていい」などというセクハラ騒動を起こす高級キャリア官僚の話題で持ち切りになったことがあった。
 しかし、財務省官僚によるこのセクハラ発言は、徳田の「おれにもオ〇〇コさせろ」というある意味では堂々たる(?)大暴言に比べれば、何ともミミッチい。
 杉森の本ではR・Hという匿名になっているが、青鞜社を興した「新しい女」といえば、「原始、女性は太陽であった」の名文句で一世を風靡した平塚らいちょう以外考えられない。
〈そうかと思うと、球一は昼日中堂々と、R・Hのところへ金を借りにゆくこともあった。当時の社会主義に目覚めた青年の間では、貧富の差は社会の欠陥のあらわれであり、富は収奪の結果であって、貧者は富者からその所有物の一部を取り返す権利があると信じられていたから、彼らはすこしも悪びれることなく無心に出かけた〉(前掲同書)
 まことに身勝手な理屈である。それにしてもこのエピソードに語られる徳球の言動はセクハラどころか野卑そのものである。
 深更(しんこう)、下宿近くの「新しい女」の家の門を叩きながら、性欲をむき出しにした叫び声をあげるのも徳球なら、多くの主義者たちが転向するなかで、信念をまったく曲げず“獄中十八年”の苦しい境遇に耐え抜いたのも徳球だった。
 戦前の共産党にとって最も重要視されたのは、反天皇制を貫いたかどうかの問題だった。
 前掲の荒畑寒村は徳田の理論はマルクスの唯物史観ではなく、兜町史観だと皮肉ったが、こと天皇制問題においては徳田は一貫して打倒天皇制を貫いた。
 この点、荒畑は日本共産党の結党には参加したが、反天皇制問題については距離を置いた。
 この背景には、大逆事件の首謀者とされた幸徳秋水(こうとくしゅうすい)に、荒畑の妻の菅野(かんの)スガを「内縁の妻」とされた上に、幸徳、菅野とも死刑に処せられるというショッキングな事件があったからだといわれている。
 荒畑はその後も、徳田については辛辣な批評をつづけた。この点についてはあとから、詳しく述べたい。
 そもそも横浜生まれのシティボーイの荒畑と「じきじん」の徳田では、パーソナリティーからして水と油だった。
 荒畑は細面で役者にしてもいいくらいのハンサムな男だったが、徳田は若い頃は美少年だったらしいが、30前から頭は禿げあがりでっぷり太った風貌と体格は、どこから見ても立派な「オヤジ」だった。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記