連載
「沖縄はどう生きるか
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生 佐野眞一 Shinichi Sano

 徳田球一が弁護士資格をとったのは、日本社会主義同盟に参加した直後の1920(大正9)年12月である。
 翌年2月、徳田は奇人弁護士として知られる山崎今朝弥(やまざきけさや)法律事務所で弁護士業を開業した。山崎今朝弥法律事務所には、徳田とは対照的なピュリータン的人権派弁護士として知られた布施辰治(ふせたつじ)もいた。
 山崎は『弁護士大安売』(聚英閣・大正10年所収の自伝)で、自分の経歴を人を食った文体で述べている。
 これは現在、岩波文庫の『地震・憲兵・火事・巡査』に収録されているから、誰でも読むことができる。
〈姓は山崎、名は今朝弥、明治十年逆賊西郷隆盛の兵を西南に挙ぐるや、君これに応じて直ちに信州諏訪(すわ)に生る。明科(あかしな)を距たるわずかに八里、実に清和源氏第百八代の孫なり。幼にして既に神童、餓鬼大将より腕白太政大臣に累進し、大いに世に憚(はばか)らる。人民と伍して芋を掘り、車を押し、辛酸嘗(な)め尽す。傍ら経済の学を明治大学に修め、大いに得る処あり。天下嘱望す。不幸、中途試験に合格し官吏となる。久しく海外に遊び、ベースメント・ユニバシチーを出で、欧米各国色々博士に任じ、特に米国伯爵を授けられる。誠に稀代(きだい)の豪傑たり。明治四十年春二月、勢いに乗じて錦衣帰朝(きんいきちょう)、一躍直ちに天下の平弁護士となる。君、資性豪放細心、すこぶる理財に富み、財産合計百万弗(ドル)と号す。即ち業を東京に興し、たちまち田舎に逃亡し、転戦三年、甲信を徇(したが)え、各地を荒し、再び東京に凱旋(がいせん)し、爾来頗(じらいしき)りに振わず、天下泰平会、帝国言訳商会、私立天理裁判所、軽便代議士顧問所、各種演説引受所等は皆、君の発明経営する所たり〉
 この文章を収録した筑摩書房の『現代思想大系18 自由主義』の編集を担当した京大人文研究所の多田道太郎は、こんな注釈を付けている。
〈「明科を去るわずかに八里」の明科とは、大逆事件発祥の地である。山崎が大逆事件の被告たちから「わずかに八里」しかへだたらぬところにいたということの暗喩なのである。「ベースメント・ユニバシチー」の語は、さすがの貝塚渋六(堺利彦)でさえ理解に苦しんだとあるが、何のことはない皿洗いして苦労したということである。「米国伯爵」というが、もちろんアメリカには伯爵などありはしない。ありはしないものを名のって、日本の実在の華族を愚弄することは山崎の得意中の得意であった。
 ここにみられるのは、富と地位とにたいする愚弄である。権威にたいする揶揄(やゆ)である。自分自身をさえ揶揄しうる心がまえである。さらに「逆賊」を正当化しようという挑戦の姿勢である。レトリックという点からいっても、大正・昭和を通じての知的文章である。反語、皮肉、暗喩、飛躍、誇張。これらを縦横に駆使するところ、日本に稀有のヴォルテール的知性といわねばならない〉
 ヴォルテールは18世紀フランスの啓蒙主義を代表する哲学者である。ヴォルテールの最もよく知られた言葉としては、「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という名言がある。
 1911(明治44)年発行の『日本辯護士總覽 第二巻』を見ると、それぞれの弁護士は法衣やフロックコートに身をつつんだいかめしい顔で写っているが、山崎今朝弥の写真だけは上半身裸である。
 この稀代の反骨弁護士の山崎今朝弥は、戦後も「三鷹事件」や「松川事件」の弁護団に加わった。
 山崎は1946年11月発行の「真相」に「実説大逆事件三代記」という文章を寄せている。
 山崎が担当した三つの大逆事件とは、幸徳秋水らが明治天皇の暗殺を企てたとされる大逆事件、朝鮮人無政府主義者とその愛人が大正天皇の殺害を計画した朴烈(ぼくれつ)事件、難波大助(なんばだいすけ)が後の昭和天皇となる摂政宮を狙撃した虎の門事件の三大大逆事件である。
 このことからもわかるように、山崎今朝弥は筋金入りの反権力主義者だった。そんな男の法律事務所に勤めたのだから、徳田もよほどの変人である。奇人はやはり奇人の匂いを本能的にかぎつけるものらしい。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記