連載
「沖縄はどう生きるか
④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生 佐野眞一 Shinichi Sano

 徳田を極東諸民族大会に送りこんだ山川均から徳田の話を聞いた山辺は、小学校卒業だけの学歴ながら、みすず書房の『現代史資料』全45巻のうち「社会主義運動」全7巻と「台湾」全2巻を独力でまとめたほどの勉強家だった。
 余談だが、山辺とは国会図書館で何度か会ったことがある。蓬髪(ほうはつ)、長躯(ちょうく)の山辺が古い資料を一心不乱に読み込んでいるところは、人を寄せつけない鬼気迫るものがあった。
 山辺は予防抗拘禁所に収監されていたときには風通しがよいからといって、フルチンで過ごした。
 出所すると団地の部屋で20匹もの猫と一緒に暮らした。そこは、「化け物が出ると言う噂があったが、愛猫家の山辺は家賃が安いから」といって平気で借りる奇人としても知られていた。
 共産党の初期メンバーには今と違って、こういう魅力的な人物が多かった。
 話を極東諸民族大会に戻す。極東諸民族大会は最初バイカル湖で有名なシベリアのイルクーツクで開かれることになっていたが、途中で会場はモスクワに変わった。
 極東諸民族大会に出席するため、徳田に遅れて出発した暁民会(ぎょうみんかい)の高瀬清は、モスクワに向かうシベリア鉄道の窓外風景を読む者の目に浮かぶように描いている。
 暁民会とは高瀬清をはじめとする早稲田大学の学生が中心になって結成した社会運動組織である。徳田の所属する水曜会とともに、日本共産党に吸収された。
 高瀬がソ連に入るまでの行程を書いておくと、東京―下関―上海―ハルビンとなっている。鉄道と船で乗り継ぎ、ソ満国境はトロイカで越えてイルクーツク入りした。
 高瀬の書いた『日本共産党創立史話』(青木書店)から、モスクワに向かうシベリア鉄道に乗り込んだシーンを抜き出してみよう。
〈突然! モスクワ行きの指令がきた。しかし当局はわれわれ一行の身辺を慮って、出発準備を極秘裡に進めるよう厳命してきた。一九二一年十二月三十日の夜、われわれは雪深いイルクーツク駅に送られ、火の気のない列車に乗り込まされた。列車は、大会出席の代表者約百八十名をモスクワに運ぶ臨時列車であったが、板敷きの三等車で、二重の窓ガラスはところどころ壊れたままであった〉
 この列車に乗り込んだ日本人は、ボル系(共産党系)の徳田球一、高瀬清、アナ系(無政府主義系)の吉田一のほか、高瀬の友人でやはりアナ系の和田軌一郎らがいた。
 一方、海外からはコミンテルン(各国共産主義政党の国際統一組織、別名第三インターナショナル)日本代表の田口運蔵、メキシコからモスクワ入りしていた片山潜、東京日日新聞の海外特派員で、戦後日本社会党委員長となる鈴木茂三郎、片山潜の仕事を手伝っていた実業家の渡辺春男らがいた。
〈石炭の代りに白樺材を焚いて走る列車はユルユルと走った。
(中略)
 時刻は刻々と経過した。列車はイルクーツクを出発して十六昼夜走りつづけ、いままさにモスクワ駅に滑り込まんとしている〉(前掲『日本共産党創立史話』)
 高瀬はそのときの感動をこう伝えている。
 モスクワの駅には軍楽隊の奏でる「インターナショナル」が荘重に鳴り響き、「ウラー(万歳)ウラー」の喚声と拍手に包まれた。



 
〈プロフィール〉
佐野眞一(さの・しんいち)
ノンフィクション作家。1947年、東京生まれ。97年『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に、『巨怪伝』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄だれにも書かれたくなかった戦後史』『沖縄戦いまだ終わらず』など多数。
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④沖縄県人に活を入れる“琉球一の男”徳田球一、波瀾万丈の人生
③誰にも知られたくなかった沖縄の戦前の謎と戦後の闇
②元海兵隊員も反対の座り込みに参加する辺野古埋め立てと高江のヘリパッド基地
①うるま市女性暴行殺人事件傍聴記