よみもの・連載

佐藤満春トイレの輪〜トイレの話、聞かせてください〜

第2回 ノンフィクション作家・高野秀行氏

佐藤満春Mitsuharu Sato

中国での衝撃体験……

高野
ただ、やっぱりすごいのは中国ですよね。僕が行っていたころの九〇年代前半の中国は、ほんとにちょっと図抜けてて。大連の大学に留学してたんですが、留学生が一人しかいなかったので、先生用の宿舎を一部屋あてがわれて住んでたんですよね。その大学の先生や学生はすごくいい人たちだし、賢い人たちだったんですね。インテリジェンスがあって、礼儀正しくて。でも、トイレに関しては、あまりにも常識がかけ離れてて、ちょっと呆然とするぐらいだったんですよ。
佐藤
はい。
高野
宿舎にいるときはともかく、先生と一緒に田舎に行ったことがあるんだけども、そのとき泊まったホテルのトイレに扉がないわけですよ。日本の公衆便所そっくりの形式なんだけれども、扉がない。扉がなくて、そこで僕がやってると、いきなり先生が入ってくるんです。で、俺、うんこしてんだよ、うんこしてるのに入ってきて、すばらしいとか言って、いやぁいい音だとか言ってね(笑)。
佐藤
どういうことですかそれ。
高野
別に何にも他意がないんですよ。
佐藤
なるほど。もう普通に、「調子はどうだ?」みたいな。
高野
そうそうそうそうそう。たまたまトイレに来て、自分は小用を足して、見たら高野が、高野って中国語でガオイェっていうんですけど、ガオイェがいるぞ、ガオイェ、おお、いいうんこだなって(笑)。
佐藤
こんにちは、ごきげんようくらいの感じで、がんばれよみたいな感覚ってことですね。
高野
その感覚ですよね。で、ほんとトイレ観の、排便観の違いってすごくて。宿舎でね、パーティーとか宴会とかやることもよくあって、学生がたまり場になってたんですよ。そのとき僕がうんこしてたりするんですね。僕もね、向こうに住んで一カ月以上たつと、トイレに鍵をかけるという習慣もなくなって。一応扉は閉めてはいるんだけども。すると、友達ががーんと扉をあけて、ちょっと皿どこにあるのとか、鶏肉煮るのと蒸すのとどっちがいいとか、次から次へと来るのね。で、じゃあ、蒸したほうがいいなとか。
佐藤
答えるんですね(笑)。
高野
全然気にしないんですよね。
佐藤
それはもう、そういう環境で育っているからということなんですね。
高野
そうそう。もう中国のトイレの話をすると果てしなくあるんですけど、駅の公衆便所なんかまたおもしろくて。一見日本のトイレに似てて、五つか六つ個室があるんですけど、個室じゃなくて仕切りでしかない。それで、水が水路にびゅーっと流れてるんですね。その水路の上で大便をするわけです。みんな同じ方向に向かってきちんと並んで座ってる。それをみんな見ながら順番待ちをしてるわけです。でも、あの人たちは当時、列を絶対つくらない人たちだったんですよ。だから早い者勝ちなんです。五、六カ所の枠に十人ぐらいが常に待ってて、終わりそうになったら突っ込むんですよ。
佐藤
あそこ終わるぞ、つって。
高野
そう。だから、うんこが出てくるのも見えるし、終わりそうになると、もうその仕切りの中に次の人が入ってくる。だからこっちが中でしていて、ああ、出たと思うと、いきなりがっと入ってくるからむかつくじゃないですか。なので、入ってこないように足踏ん張ってブロックしてね、入口を塞いでやったり、それでもぐいぐい来たりとか。

佐藤
えええ。
高野
もうディフェンスですよ、ほんとに。
プロフィール

佐藤満春(さとう・みつはる) 1978年生まれ。テレビ番組等の構成作家、お笑いコンビ「どきどきキャンプ」として活動中。トイレ博士としてイベントに出演したり、トイレを研究するラジオ番組のパーソナリティーなども務める。日本トイレ協会会員。掃除能力検定士(5級)。名誉トイレ診断士。トイレクリーンマイスター。

高野秀行(たかの・ひでゆき) 1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。アジア、アフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションのほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も多数発表している。

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