よみもの・連載

佐藤満春トイレの輪〜トイレの話、聞かせてください〜

第3回 小説家・朝井リョウ氏

佐藤満春Mitsuharu Sato

朝井リョウとトイレ

朝井
私にとって朝というのは、「家を出る前にトイレに何回行けるか」という時間なんです。一日四、五回大便をするのですが、家を出るまでに三回していないと不安なんですよね。いつ便意に襲われてもおかしくない状態なので、電車に乗ったり、むしろ駅まで移動するのも怖いんです。
学生時代に、夜中に急に「今からスノボ行くよ」とか「海行くよ」って連絡が来て、誰かの車に乗って出かけるみたいなイベントが発生したとして、私はそういう突発的な遠出に乗れない人生だったんですよね。その時間から長距離移動をするとどこかで迷惑をかけるのは火を見るより明らかなので。音楽フェスや登山などのイベントも、私からすると大事件。
佐藤
わかります。トイレ問題が絶対ありますもんね。
朝井
パッと行ける範囲にトイレがないとか、あったとしても長蛇の列ができているような場所を自然と避けていくと、いつのまにかこのようなインドア人間が完成していました。だから、朝起きて十分で家を出られるとか、思いつきで遠出できる人がすごく眩しく、逞しく見えます。そっちの人生から自然と外れたことによって、精神にも影響が出ている実感があります。最終的に、「慣れないことにはチャレンジしない」人間になってしまったと感じています。初めて行く場所とかが嫌なので。
佐藤
わからないですものね、トイレがどうなっているか。
朝井
そうなんです。トイレの場所もわからないし、温水洗浄便座の有無もわからないから、足踏みをする。おなかが弱いことって、意外と人生全般に影響するんです。たとえば、派手な色のアウターは選ばないとか、いつも行く店で期間限定のドリンクを頼まないとか、そういうのも全部おなかが弱いせいです。
佐藤
いつものビールしか飲まない。冒険をしない、という。
朝井
人生の選択肢を狭められている感じがすごくあります。でも、もうポジティブに捉えるしかないと腹を括りました。
文章を書く仕事って、日々の変化があんまりないんです。新しい人に会うことも少ないですし、そもそもほとんどずっと個人作業。でも、好きなタイミングにトイレに行けるという幸せが、ほんとうに、何にもかえがたいものなんですよね。私にとっての最低限度の文化的な生活というのが、自分の行きたいタイミングで、見知ったトイレに行くことなんです。
佐藤
ちゃんとわかっている環境のトイレに行きたいですよね。
朝井
そうなんです。それが実現できる仕事に就けているので、数々の不自由さはチャラになっているかな、と思うようにしています。スノボには行けないし黄色いアウターも選ばないけれども、いつでも自分のタイミングでトイレには行けます。
佐藤
その喜びは確かにありますね。原稿を書くときは、喫茶店ですか。
朝井
喫茶店で書くこともありますが、喫茶店もトイレで選んでいるところがあります。
佐藤
ですよね。今、サイゼリアがすごくいいですよ。
朝井
えっ、ほんとうですか。
佐藤
全店に、パナソニックのアラウーノS2という最新型のトイレを入れようということになっているんですよね。
朝井
(拍手)すばらしい方がいらっしゃる。最高ですね。
佐藤
そうなんですよ。ぜひとも今度、行っていただきたいです。
プロフィール

佐藤満春(さとう・みつはる) 1978年生まれ。テレビ番組等の構成作家、お笑いコンビ「どきどきキャンプ」として活動中。トイレ博士としてイベントに出演したり、トイレを研究するラジオ番組のパーソナリティーなども務める。日本トイレ協会会員。掃除能力検定士(5級)。名誉トイレ診断士。トイレクリーンマイスター。

朝井リョウ(あさい・りょう) 1989年、岐阜県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『何者』で第148回直木賞受賞。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞受賞。 最新刊は『どうしても生きてる』(幻冬舎)。

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