よみもの・連載

佐藤満春トイレの輪〜トイレの話、聞かせてください〜

第3回 小説家・朝井リョウ氏

佐藤満春Mitsuharu Sato

旅行とトイレ

朝井
若いときは旅行したほうがいいって、色々な人が言うじゃないですか。
佐藤
なんかありますよね。色々な経験をしてみなさい、という。
朝井
あまりにも言われるので不安になって、大学四年生のときに、日本から一番遠いところに行っておこうと思ったんです。だから南米に行ったんですよ。ボリビアにあるウユニ塩湖と、何でしたっけ、ペルーにある……。
佐藤
マチュピチュ。
朝井
そう。そこに行っておけば、「若いときの旅行スタンプラリー」のスタンプが一気に貯まるなと思いまして。
佐藤
一回大きいことをやったら、もういいんじゃないかということですね。
朝井
日本で注射を受けないといけないし高地だし遠いしすごく大変だったんですが、何とかウユニ塩湖に到着したとき、一番初めに思ったのが、「トイレがない」ということだったんですね。
ガイドさんがゆっくりめぐってくれようとしていて、「日本人は遠近法を使った写真を撮るけど、あなたは撮らなくて大丈夫?」と言ってくださったのですが、いや、まずトイレがあるところに行きたいです、と。トイレが見えている状態じゃないと楽しめないです、と。
佐藤
楽しめないか、確かに。
朝井
そうなったときに、何が自分の人生で大切なのかが明確にわかりました。「若いときは旅行したほうがいい」はよく聞く借り物の言葉ですけど、私は自分の肉体をもって自分なりの答えをつかんだ気がしました。
佐藤
安心してトイレに行けることが何より大事だと。
朝井
旅行をするべき、海外体験が大事と言われたら、やってない自分への不安で心が揺らぐじゃないですか。でも、今はもうその揺らぎがなくなったんです。「いや、私は、異国の地で得られるプライスレスな体験よりもトイレに自由に行ける環境が大切なんです」って胸を張って言えます。「ウユニ塩湖に行ったときに、まずトイレを探したんです」という言葉を手に入れられたのは大きかった。これも海外体験のおかげですね。あれ?
佐藤
体験したことによってね。
朝井
ニューヨークへ行ったときも、楽しかったんですけど、「駅にトイレがない街なんて!」とガチギレしてました。セントラルパークを歩いているときに、鹿がいたんですよ。歩きながらポロポロうんこをしていて、思わず「うらやましい……」って呟いていたんです。好きなタイミングでトイレに行けないというのが、もう積もり積もった七日目とかだったので、歩きながら自由にうんこしていたのがうらやましくて、ほんとうに心の底から漏れ出た言葉でした。隣にいた友人が、「えっ? 何が? ランニングしてる人たちが?」と訊いてきたので、「違うよ、鹿だよ!」という世界一くだらない喧嘩が発生しました。
プロフィール

佐藤満春(さとう・みつはる) 1978年生まれ。テレビ番組等の構成作家、お笑いコンビ「どきどきキャンプ」として活動中。トイレ博士としてイベントに出演したり、トイレを研究するラジオ番組のパーソナリティーなども務める。日本トイレ協会会員。掃除能力検定士(5級)。名誉トイレ診断士。トイレクリーンマイスター。

朝井リョウ(あさい・りょう) 1989年、岐阜県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『何者』で第148回直木賞受賞。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞受賞。 最新刊は『どうしても生きてる』(幻冬舎)。

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