よみもの・連載

佐藤満春トイレの輪〜トイレの話、聞かせてください〜

第3回 小説家・朝井リョウ氏

佐藤満春Mitsuharu Sato

銀座の街を泣きながら――

朝井
こんなくだらない話を聞いてくださるのが嬉しくて……本当に嫌がる人もいるじゃないですか、汚いからって。せっかくなのでもうひとついいですか?
佐藤
いやいや、全然。
朝井
いつかちゃんとエッセイに書きたいと思っている話があるんですけど、佐藤さんの反応を見てどうするか決めますね。今まで人にずっと言えなかった話なんです。
 数年前、とてもお世話になっている人が遠くに行ってしまうことになったので、送別会をしたんですね。その会場が銀座だったんですよ。私が幹事的なポジションで、一次会で結構盛り上がって、私も結構お酒を含めて飲み食いをしてしまったんです。お酒って、消化のリズムを狂わせるものだとわかっていたのに、楽しくなってしまったんですね。そして、二次会に移動したときに、結構急に、あっ、すぐ行ったほうがいい、という状況になったんです。店のトイレに行ったら、たったひとつの個室の中で人が吐いていて、絶対出てこないというのがすぐにわかった。そのシチュエーションに、「すごくお世話になっている人に会えるのは今日が最後」だとか、「自分は幹事だから席を外すべきではない」とか、「今はもう夜中だから近くの百貨店などでトイレを借りることもできない」とか、そういういろんな緊張感が加わってきちゃって、もう爆発直前の状態になったんです。そうなるともう、走り出すしかないんです。トイレを探して、私、ほんとうに泣きながら、夜中の銀座を駆け回ったんですよ。映画の予告なんかであるじゃないですか、夜の街を主人公が駆けていて、その映像がスローになって、道行く人と肩がぶつかって、みたいな。まさにあれです。でも、銀座って、公共のトイレ、ないんですよ!
佐藤
確かに、貸してくれるようなお店がないかも。
朝井
そうなんです。結局、居酒屋みたいなところに急に入って、店員さんに何も言わずにトイレに駆け込んでしまいました。ドアを閉めて、ズボンを下げた瞬間に……お察しの通りです。がんばって掃除したのですが、当然ながらお店の人にとても怒られて……ほんとうに心から申し訳ないことをしたと思っています。
 ただ、とにかく二次会の会場に戻らなきゃいけない。正直、服も汚れていたりしたのですが、「あのお店は薄暗かったから大丈夫」と言い聞かせながらどうにか目立つ汚れは落としたんですね。そしてお店に戻って、「急いで戻さなければいけない原稿の直しが届いてしまって」っていうあり得ない嘘をついて、そのお世話になっている方に挨拶だけしてすぐ帰ろうと思ったんです。そしたら「じゃあ最後に写真を撮ろうよ」ということになって、その人の隣で一応ピースをして集合写真を撮ったんですよ。でも、私は気が気じゃない。臭いで誰かに気づかれる前に帰らなきゃと思って、タクシーに乗って帰ったんです。送別会の参加者からしたら意味がわからないですよね。幹事がいきなり消えて、いきなり戻ってきたと思ったらいきなり帰るんですから。
 翌日、最後に撮った集合写真が届いたんですよ。ありがとうね、途中で帰らなきゃいけなかったみたいだけど、ってメッセージ付きで。申し訳ないなと思いながらその写真を見たら……ピースをしている手の袖口に、明らかにうんこがついていたんですよ! すっごくお世話になった大好きな人との最後の写真にうんこ映しちゃった! って落ち込んで……もう、本当に最悪……。こんなことある? って絶望したんですけど、でもやっぱり、そういう人生なんですよね。
佐藤
いや、でも、すごくぐっとくる話ですね。
朝井
こういう景色なんですよね、我々が見ているの。
佐藤
そうなんですよね。あるんだよな、そういうことって。
朝井
なんかほんとうに。一次会でテンション上がってお酒とか飲んだところを神様は笑いながら見ていたのかなと思って。
佐藤
お前の人生はそうじゃないだろうと。
朝井
そう。はしゃいでいるなよと。このあとふりだしに戻すからなって。いや、もう絶対そうだもん。『トイレの神様』、私なりに歌詞を書きたい。
佐藤
シビアな神様ですね。
朝井
私たちにとってのトイレの神様はそういう存在だとしか思えないですね。
佐藤
いい話だな、今の話。
朝井
よかった。じゃあ、ちゃんとエッセイに書きます。さすがにもう時効かなと思って。
佐藤
こういうのって、何年かしないとしゃべれないですよね。
朝井
しゃべれないです。当時は、もう自分は世界で一番最悪な人間だと思いました。
佐藤
でもたぶん、写真を見ても自分しかわからないですよね。
朝井
そうですね。
プロフィール

佐藤満春(さとう・みつはる) 1978年生まれ。テレビ番組等の構成作家、お笑いコンビ「どきどきキャンプ」として活動中。トイレ博士としてイベントに出演したり、トイレを研究するラジオ番組のパーソナリティーなども務める。日本トイレ協会会員。掃除能力検定士(5級)。名誉トイレ診断士。トイレクリーンマイスター。

朝井リョウ(あさい・りょう) 1989年、岐阜県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『何者』で第148回直木賞受賞。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞受賞。 最新刊は『どうしても生きてる』(幻冬舎)。

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