連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
 鈴の音がする。誰かの金剛杖につけられた鈴が涼やかに鳴っている。その人はこれから千二百キロをその鈴の音とともに旅をするのだろう。相楽玲(さがられい)は歩きながら菅笠をぐいと上げた。四国の空は東京と違って遮るものがない。ぽかんと大きな空が広がっている。目に染み入るようなその青が気持ちいい。
「いよいよ始まっちまったな」
 横を歩く三上太陽が興奮を抑えきれないように語りかけてくる。玲は小声でおずおずと返した。
「そうだね」
 昨夜の説明会には全国から四十八人もの応募者が集まった。そのなかでいちばん目立っていたのが太陽だった。あまり関わりたくないな。威圧感があってこわいな。そう思っていたのに同じ七班になってしまった。
「これから千二百キロも歩くなんて、信じられねえぜ」
 太陽の声は頭上から降ってくるかのようだ。説明会ののち、班ごとの顔合わせがあった。簡単な自己紹介も行われた。太陽が自ら語ったところによれば、身長は百八十三センチ、体重百二キロ。とにかく大きい。それでいて体脂肪はたった十二パーセントなのだそうだ。一番札所の霊山寺(りょうぜんじ)は仁王門で、二体の仁王像が睨みを利かせていたが、あの仁王像より太陽のほうが筋骨隆々としている。その腕はいかにも硬そうな筋肉が隆起していて、日焼けした肌もあいまって木彫りの一品かと思えるほどの完成度だ。
「たしか玲も東京から来たんだよな」
 懇親会での玲の自己紹介を覚えていたらしい。いきなり玲と呼び捨てにされて、どぎまぎしてしまう。
「ええと、三上君も東京からなんだよね」
「ちょっと待った。昨日の自己紹介のときに言っただろ。せっかく同じ班になったんだから、同じ学年のメンバーは気軽に下の名前を呼ぼうぜって。三上君なんて堅苦しいだろ」
「じゃあ、太陽」と言いかけて、馴れ馴れしすぎる呼び方がどうしてもできずに「君」をつけてしまう。
「太陽君も東京からなんだよね」
「おう、そうだぜ」
 ご機嫌な様子で太陽は通っている大学の名前を教えてくれた。東京六大学のうちのひとつだ。玲が入りたくても入れなかった大学。体ばかり鍛えている体育会系だと思ったのに人は見かけによらない。
「だけどおれ、出身は山梨なんだ。いまは上石神井(かみしゃくじい)のアパート借りてんの。玲は東京生まれの東京育ちって言ってたよな。東京のどこなんだ」
「三鷹」
「へえ、おれ、西荻に親戚がいるんだよ。小さいころ井の頭公園によく連れてってもらったな」


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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