連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
 どきりとする。小さいころの話題はよくない。
「そ、そうなんだ」
「あそこ、心霊スポットが多くてこわかったよな」
「そうだっけ」
「知らないのか。おれたちが生まれたくらいのときにバラバラ殺人事件があったとかでさ。たしかあれ、未解決事件だったよな」
「どうだったかな」
「おいおい、玲の地元の話だぞ」
「あ、ぼくんち、三鷹って言っても吉祥寺から遠いところだからさ」
「ふうん、有名な話だと思ったけどな」
 不服そうに太陽は前を向いた。引き続き井の頭公園の話をするだろうか。玲はなにげないふりを装いつつ、息をひそめて太陽の動向を窺った。ともかく、玲や太陽が小さいころの話題はよくない。糸がほつれてきてしまう。
「それにしても大集団だな。見ろよ、玲」
 はしゃいだように太陽が言って前方を指差す。太陽が話題を変えてくれた。ほっと胸をなで下ろして前を向く。
 県道沿いに続く歩道は、次の札所を目指すお遍路(へんろ)で溢れ返っていた。お遍路の正装である白衣(びゃくえ)と白ズボンの上下を身につけている人もいれば、白衣だけ着ている人もいる。菅笠と金剛杖がなければお遍路には見えない人もいる。みんな玲たちと同じお遍路プロジェクト88の参加者だ。四国中央大学にあるお遍路サークルが、四国独特の文化かつ風習であるお遍路を全国の大学生に体験してもらおうと、イベントを立ち上げて参加者を募ったのだ。
「夏休みを潰して歩き続けるなんて、おかしな連中が集まったもんだぜ。ま、おれたちもだけどな」
 にやりと太陽が笑いかけてくる。おれたちってことは、自分もおかしな連中に含まれているのだろう。玲は無言で同意の苦笑いを返した。太陽がどういう人間かわからないので、いまのところはなんでも同意しておくことにする。その場の空気に合わせておく。適当な嘘をついてでもそれまでの雰囲気を壊さない。同調は玲が日ごろから心がけていることだ。
 一番札所から二番札所までは約一キロ。歩き始めたと思ったらもう到着となった。山門は朱塗りの仁王門で、またもや仁王像とご対面となる。やっぱり太陽のほうが仁王像よりいい体をしている。
 山門をくぐって境内に入ると、中はお遍路でごった返していた。年配のお遍路が圧倒的に多い。団体のバスツアーで回るお遍路だろう。札所の駐車場にはたくさんの大型バスが止まっていた。見るからに家族連れのお遍路もいる。祖父母からよちよち歩きの孫まで勢ぞろいだ。車で回るのかもしれない。若い夫婦と思われるお遍路もいた。いったいどんな願いや祈りのために夫婦で八十八もの札所を回るのだろうか。ふたりの表情が硬く感じられて、勝手に暗い理由を想像してしまう。
「こりゃあ、すげえ人手だな」
 太陽は菅笠をかぶっているというのに手庇(てびさし)を作って見渡す。昨夜の説明会によれば年間三十万人がお遍路に訪れるという。そのうち歩いて巡拝する歩き遍路は三千人。自然と触れ合いたい人やウォーキングなどの健康志向ブームに乗る人が増え、歩き遍路の数は年々増加しているのだとか。


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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