連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
「まずは参拝してくださーい。山門で立ち止まると混み合うので奥へ進んでくださーい」
 木戸が声を張り上げて誘導している。お遍路プロジェクトでは班の引率者をコーディネーターと呼んでいる。コーディネーターはルートの選択、宿の確保、札所での参拝方法やメンバーの健康状態まで、すべて面倒を見てくれるという。木戸は四国中央大学の四年生で、玲たち七班のコーディネーターだ。
「お、太陽君。こっちこっち」
 大きな太陽に木戸もすぐ気づいたようだ。
「手前が本堂で奥が大師堂だから。納経所へ行ったら、またここに集合してくれ。おれもあとから行くからさ」
「了解でーす」
 太陽が手をひらひらさせつつ進む。玲もあとに続いた。太陽が歩くとその大きな体に驚いた人たちが道を譲ってくれる。まるで高村光太郎の『道程』だ。太陽の前に道はない。太陽の後ろに道はできる。楽チンでいい。
「よお、早いな」
 前を歩く太陽が誰かに声をかけた。太陽の背中から顔を出して、誰に挨拶をしているのか確認する。しかし、顔を出したことを玲はすぐさま後悔した。
 向かいから歩いてきたのは同じ班の二宮花凛(かりん)だった。花凛は太陽をちらりと横目で見ただけで、無言で通り過ぎていく。玲になど目もくれない。すれ違うとき玲は太陽を盾にしつつそっと花凛を観察した。
 肌は剝き立ての桃のように白く透明だ。腰まで届く黒髪はつややかで、細身の体には少しばかり重たげに見える。目尻は切れ上がっていて、よく言えば涼やか、悪く言えば冷たげ。和風の顔立ちでお遍路の白装束がよく似合った。ミスお遍路なんてものがあったら、絶対に優勝している。
 ただ、あまり近づきたくないタイプなのはたしかだ。昨日の説明会でも花凛は注目を浴びていた。彼女が歩けば参加者の男子の視線も吸い寄せられるようにしてついていく。それがさざなみのように伝わってくるほどだった。問題は彼女がほかの参加者をまったく寄せつけないこと。常に伏し目がちで、話しかけないでオーラを強烈に放っている。話しかける人がいても、目は伏せたまま小さく頷くような反応ばかり。イエスかノーかで答えられる質問をぶつけられたら、「まあ」とか「そう」とか気乗りしていないことがすぐにわかる低い声でつぶやくだけ。とにかく人と関わるつもりがないようだ。
 七班の自己紹介でも印象はよくなかった。話したのはぼそぼそと「二宮花凛です。大学三年です」のみ。まだ自己紹介が続くのではと玲もほかのメンバーも言葉を待ったが、それ以上話すつもりはなかったらしい。おかしな間が空いて、誰もが目を丸くした。
「無視されちゃったよ」
 太陽がいかにも悲しげな顔で振り向く。
「別に太陽君が悪いんじゃないと思うよ。あの子、きっと誰に対してもそうなんじゃないかな」
「きれいな子に無視されるとダメージは倍だよな」
 見た目は関係ないんじゃないかな。そう思うけれど同意しておく。
「そうだね」
「なんだか冬の化身みたいな子だよな、花凛って」
「そうだね」


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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