連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
 次の三番札所の金泉寺(こんせんじ)まで約三キロ。いままで県道沿いに歩いてきたが、いよいよ細い遍路道に入る。道が分かれる際、木戸が立ち止まって言った。
「これから道中こういう道しるべがあるから見落とさないように」
 電柱に白いプレートがくくりつけられている。赤いペンキでお遍路の姿を模したマークと矢印が描かれていた。赤と白のシンプルなデザインで目につきやすい。
 進んでいくと道しるべは街路樹や塀にも設置されていた。プレート看板をそのままシールにしたものもある。「歩きへんろ道」と書かれていて、あちこちに貼ってあった。
 また、道しるべはプレート看板やシールだけではなかった。次の札所と距離が彫られた標石が設置されていた。木戸の説明によれば、江戸時代に作られた標石がいまでも残っているのだという。
 次の札所を指し示す案内看板も道の要所要所で見かける。車で札所を巡る人たちのためにか、道路の案内標識にも札所の名前は書いてあった。
 なんてお遍路に親切なんだろう。というより至れり尽くせりで驚いてしまう。これなら迷うことはないだろう。
 車一台が通れるほどの細い遍路道を進んでいく。進めば進むほど住宅がまばらになっていく。その分、田畑や雑木林が増えてきた。
 玲が住んでいるのは三鷹市と言ってもはずれのほうで、最寄り駅が西武多摩川線の新小金井駅だ。いわば三鷹の最西端。とはいえ周辺に大学や専門学校があるために飲食店も多く、なかなかの賑わいを見せている。
 あの街の生活感たっぷりの喧騒が、急に遠のいて感じられた。侘(わび)しい遍路道に入って、まったく違う土地へ来ているのだという実感が湧いたからだろう。
 たどり着いた三番札所の金泉寺も、二番札所に続いて朱塗りの山門だった。札所もみっつめともなると、参拝もスムーズにこなせるようになってくる。本堂、大師堂の順で手を合わせ、最後に納経所へ向かう。納経所とは、札所を参拝したしるしを記してくれるところだ。
 金泉寺の納経所は住職の住居と思われる木造の母屋に増設される形で設置されていた。入っていくとカウンターがあり、その向こう側に納経帳に記帳してくれる人たちが座っている。座っているのは住職だったり、その家族だったり、アルバイトだったりさまざまだそうだ。
 玲よりも先に並んでいた太陽が、自分の納経帳にしるしが書かれるところを食い入るように見ていた。「納経」の文字、本尊を表す梵字(ぼんじ)、寺の名前が毛筆で書きつけられる。そのあとに札所の番号などが彫られた朱印が捺(お)される。
「これでみっつめだな」
 太陽は納経帳を手に満足げに笑う。
「こつこつ集めていくって感じだね」
「こうやって納経帳にしるしをもらって回るのってスタンプラリーみたいで面白いよな」
「八十八のしるしをもらう旅だね」
「そうそう」
 玲の番となったので納経帳を差し出す。納経帳は和綴じの冊子で、玲のものは金の糸で鳳凰があしらわれた装丁となっている。颯爽と墨書きしてもらい、朱印を捺してもらう。


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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