連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
「小学生のときのラジオ体操の出席カードを思い出すよな」
 後ろで待っていた太陽が言う。
「どういうこと」
「夏休みにさ、ちゃんと朝起きて頑張りましたって出席のスタンプもらっただろ。あの感じに似てるじゃん。納経帳にしるしをもらうと、よくここまで歩いてきました、なんて褒めてもらう感じがするだろ」
「なるほど」
「褒められてこそばゆいんだけど、誇らしくもあってさ。そんな感じも似てるよな」
「たしかに」
 四番札所の大日寺(だいにちじ)までは七キロ。いっとき進路を北に取り、徳島自動車道の下をくぐってさらに進む。次第に上り坂となっていき、気づけば前傾姿勢になっている。
 自然と班のメンバー同士の間隔が開いていく。玲の前を歩く先頭の木戸とは、五百メートルほど差が開いてしまっている。後ろを歩く花凛とは百メートルほどの開きがある。
 でも、これでいいのだそうだ。本来、お遍路はひとりで歩くもの。また、歩くスピードはそれぞれ違う。班できっちりとまとまって千二百キロなんて歩けやしない。だから、札所や分かれ道では集合し、あとはゆるやかなまとまりとして歩いていく。
 ばらばらで歩いていいなんて、玲にとってはありがたかった。他人との距離を縮めるのは苦手だ。時間がかかってしまう。ずっと顔を突き合わせて歩くより、ばらばらのほうがいい。
 それは花凛も同じようだった。彼女は誰とも話をしない。目線も合わせない。少しばかり親近感が湧く。ほかのメンバーはいまだどう扱ったらいいか、当惑しているようだけれども。
 大日寺は山間の奥まったところにあり、穏やかさと静かさに包まれていた。ここまで歩いてきてわかったことは、商売っ気のある札所とそうじゃない札所があるということだ。お遍路グッズやキーホルダーなど観光地の土産物屋かと見まがうような納経所もあったが、大日寺はそうしたものがなくさっぱりしていて、玲には好ましい札所だった。
 ひいひい言いながらのぼってきた坂を今度は下る。普段の運動不足が祟(たた)って早くも足が痛い。ふくらはぎが張っている。膝がみしみしと音を立てる。足がむくんできたのか靴が窮屈だ。しめつけられる痛みなんて慣れていないからどうにも耐えがたい。
 次の五番札所の地蔵寺(じぞうじ)までは二キロ。大日寺からまっすぐ南に下ったところにある。やってきた道を戻ることになるため、大日寺をこれから目指すお遍路たちとすれ違う。お遍路プロジェクトのほかの班ともすれ違うし、ひとりで巡拝している歩き遍路ともすれ違う。みんな顔に疲れが浮かんでいた。それでもすれ違うときは挨拶や会釈をしてくれる。玲もおずおずと返す。お遍路は仏道修行のひとつなので礼節は欠かさないように。そう言い渡されている。
 日はどんどん高くなっていく。足元の影は短くなっていく。菅笠をかぶっているので足元に落ちている影は丸い。日差しが強いせいで影は濃く、くっきりとした輪郭だ。視線を上げればアスファルトが陽光でまばゆいばかりに輝いている。耳に入ってくるのはうわんうわんとうねりを帯びて聞こえるほどの蝉の大合唱。夏というものを全身で浴びているような心地だ。


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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