連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
 水分を補給するために立ち止まる。額から流れた汗の粒が鼻を伝って地面に落ち、アスファルトに小さなしみを作る。けれども、それは一瞬のこと。一瞬で蒸発してしまう。
 地蔵寺から六番札所の安楽寺(あんらくじ)まで五キロ。そこで昼休憩を取り、七番札所の十楽寺(じゅうらくじ)まで一キロ歩いて初日は終了となった。
 日はまだ高い。歩く時間はまだまだある。納経所は夕方の五時まで記帳を受けつけている。いまならば次の札所も回れるだろう。しかし、コーディネーターの木戸によれば、体が歩くことにまだ慣れていないので、無理は禁物とのこと。また、このあとの十一番から十二番は一日かかっての山越えのため、その手前の行程をうまく二日に振り分けておく必要があるのだそうだ。時間の許すかぎり歩けばいいわけではなく、宿があるかどうか、昼食を取れる食堂やコンビニがあるか、そうしたこととの兼ね合いで一日の歩く距離は決めなくてはいけないらしい。歩けるだけ歩いて、そこで眠るわけにはいかないということだ。

 宿は十楽寺から歩いてすぐの民宿で、素泊まりで四千円。玄関でリュックを下ろす。重さから解放されても、体が重みに耐える形で凝り固まっている。荷物の多さは欲に比例するって本当なんだろうか。そんなに多くのことを望んではいないのだけれど。
 風呂に入ったあと名物だという盥(たらい)うどんを食べに行った。その後は自由行動となり、戻ってきて洗濯をした。
 夜の八時からはミーティング。男子部屋に集まり、畳の上で車座になる。明日の行程について木戸から説明がある。メンバーそれぞれの体調のチェックも行われた。そのあとは交流会。缶ビールを手にくつろぐ。
 誰もが疲れでぐったりしていて、けだるい雰囲気で過ごしているのに、玲の隣に座る麻耶(まや)ひとりがはしゃいでいた。北海道から来た同い年の女の子だ。趣味はマラソンに自転車レースに登山だそうで、先週もハーフマラソンの大会に出ていたのだとか。
「麻耶はほんと元気だな」
 太陽が呆れ半分で言う。
「だって今日は二十キロ弱しか歩いてないじゃん。走ったらあっという間の距離だよ。ていうかさ、太陽はなんで疲れてんのよ。そんなばりばりに鍛えた体してんのにさ」
「走ったり長く歩いたりするの苦手なんだよ。力仕事なら任せてくれって感じなんだけど」
「もしかして体が筋肉で重い分、お遍路はしんどいってこと?」
「ご明察」
 力ない拍手で太陽が褒(ほ)め称(たた)える。
「うわー、じゃあ、なんのためにそんな体してんの。なんのために鍛えてんのよ」
「おれ、高校のときに野球部だったんだよ。けど悲しいかな自分でもおそろしいくらい野球の才能がなくてさ。ボールに触る機会すらあんまりなくて、悔しくて筋トレばっかりしてたらこうなったってわけ。バット握る時間より、ダンベル握ってる時間のほうが長かったもん」
「あははは!」
 けたたましく麻耶が笑う。


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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