連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
「おかげで大学に入って最初に勧誘してきたサークルはプロレス同好会だからね」
「入ったの」
「入らないよ! おれ、争うの嫌いだもん」
「その体に似合わないせりふを言うねえ」
「そんなせりふたくさんあるさ。彼女に甘えたいときとか大変だよ、こんななりをしてると。マッチョだって慰めてほしいときはあるってのに」
「あははは! 笑わせないでよ! 想像しただけで超面白い」
「事実だもん。ただの事実」
「だったら日常生活でのその体のメリットは? 力仕事以外でさ」
「力仕事以外で? そんなもんあるかよ。あ、いや、あるな」
「なに」
「脱ぐと笑いが取れる」
「え、ばかじゃないの、そんなの!」
 麻耶は笑いながら太陽の肩口をばんばんと叩いた。
「けっこう便利なんだぜ、サークルの忘年会とかで一芸やらなくちゃいけないときとかさ」
「そんなの三流お笑い芸人の笑いの取り方じゃん。やめなさいよ」
「別におれはお笑い芸人じゃねえからいいだろ。手っ取り早いんだって」
 太陽は笑って悪びれない。
「で、いまはジムにでも通ってんの?」
「いや、うちの大学、トレーニングルームが充実してんのさ。マシンもエアロバイクもなんでもそろってんだ」
「うらやましいな。あたしなんてわざわざお金払ってスポーツジム通ってるのに。あ、わかった」
 唐突に麻耶が手を叩く。
「なに」
「太陽ってナルシストでしょ」
「どうしてだよ」
「あたしが通ってるスポーツジムにいるマッチョってみんなナルシストだもん。どうせ太陽も鏡の前でポージングして、筋肉の仕上がりににたにた笑ってるんでしょ。玲もそう思うよね?」
 ぼうっと話を聞いていたら、急に麻耶に話を振られた。あまりに突然なのであたふたして言葉が出ない。それに同意していいことなのかわからない。同意したら、麻耶の味方だと表明することにならないだろうか。一方で、太陽をナルシスト呼ばわりして傷つけることにならないだろうか。けれども、もし同意しなかったら、麻耶から糾弾されるかも。「え、本気で言ってんの」とか「ちゃんと考えて答えてる?」なんて。
 ともかく、この場の雰囲気を壊さないようにしなくちゃ。そう焦るのだけれどなんて答えたらいいか言葉が見つからない。どうしよう、どうしよう。呼吸ができないほどに焦る。せっかく風呂に入ったというのに、額と腋(わき)の下が汗でぐっしょりになる。うつむいたまま首をひねって困惑の笑みを浮かべたら、麻耶は太陽のほうへ向きなおった。


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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