連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
「さて玲、どうすんの。せっかくの嘘もばれちまったな。それでも東京出身ってプロフィールで通すかい? おれはそれでもかまわないぜ」
 ねちねちとした口調で剣也が言う。
「だからぼくは嘘をつこうと思ってたわけじゃ」
「言い訳は見苦しいって。嘘がばれた第一号で恥ずかしいんだろうけど、ほかにも嘘のプロフィールで参加しているやつがいるかもしれねえしな。名前だって偽名かもしれねえし」
 剣也はぐるりとメンバーを見回して「うひひ」と笑った。
 玲もメンバーを見渡す。みんなも剣也のように嘘つきと思っているのだろうか。無言で玲を見つめていた。やはり、花凛をのぞいて。
 太陽と目が合った。昼間、太陽と交わした会話が頭をよぎる。三鷹出身と太陽には話した。その太陽は穏やかな表情で玲を見守っていた。問いつめたりはしてこない。静観しようというのだろうか。いや、違う。きっと太陽はやさしいやつなのだ。玲の胸に申し訳なさが湧き起こる。騙(だま)すつもりはなかった。でも、本当のことを知らない太陽には騙されたとしか思えないはずだ。
 玲は目をつぶり、深く息を吸った。目を開けて、もう一度ゆっくりとメンバーを見回す。声が震えそうになったが下っ腹に力を入れる。
「本当のことを話すよ。ぼくの本当のこと」
「は? なにが本当のことだよ」
 剣也が鼻で笑う。目はまったく笑っていない。威圧感がある。でも、ひるむわけにいかない。落ち着いて話すべきことをきちんと話さなくちゃ。
「ぼくの出身は香川の善通寺市なんです。いまさっき原田さんが言っていたミニバスっていうのも本当なんだと思います。だけど、ぼくは覚えていないんです。香川にいたころの記憶がまったくないんです」
「え!」
 麻耶が驚きの声を上げて膝立ちになる。ほかのメンバーも目を丸くした。花凛が顔を上げた。
「十歳までは香川にいたんです。でも十歳以前の香川にいたころの記憶がすっぽり抜けてます。ぼくには子供のころの記憶が全然ないんです。だから、出身を香川と言ってもなにも覚えてないので、引っ越した先の東京を出身って言ってるんです。嘘をつく形になってしまってごめんなさい」
「ちょっと待ってよ」
 膝立ちのまま麻耶がにじり寄ってくる。麻耶の瞳には好奇の色が浮かんでいる。格好の面白いネタを見つけたというふうだ。
「それってつまり、玲は記憶喪失ってこと?」
「正確には逆行性健忘症って言うんだけど」
「まったく思い出せないの?」
「うん、まったく。普通こういう健忘症って一定期間を置いたら記憶が戻ってくるらしいんだけど、ぼくの場合は十年経っても戻ってこないんだ」
「なにが原因なの」
「善通寺市の捨身ヶ岳という崖から五十メートルくらい落ちて頭を打ったって聞いてるけど」
「聞いてるけどってなによ。自分のことでしょ」
「気づいたら病院のベッドの上にいたから。そこからの記憶しかないんだよ」
「ああ、なるほど」


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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