連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
 記憶がないことを打ち明けたとき人の反応はさまざまだ。麻耶のように好奇心をあらわに質問してくる人もいる。憐れみの視線で黙ってしまう人もいる。やさしい言葉をなんとかかけてくれようとする人もいる。気味悪がって遠ざかる人もいる。
 打ち明ける玲にしてみれば、あまり気を遣ってもらうのが最も困る。「かわいそう」を連発されると、そんなにも自分はかわいそうなのかと滅入ってくる。だから、打ち明けるときは努めて明るく振る舞う。明るい声で、明るい表情で、なんでもないことなんだと陽気に笑い飛ばそうとする。
 けれど、明るくするって難しい。虚勢と紙一重だ。自然と自虐的な話し方になっていく。気づいたときには卑屈さで胸の内が湿ってしまっている。背後からは虚無感がひたひたと近づいてくる。過去のない自分なんて薄っぺらな存在だと思うせいだ。しかし、必死に明るく振る舞う。すべて打ち明け終わるまで笑顔を絶やしてはいけない。笑っていなくてはならない。もし笑うことをやめたら、泣いてしまいそうだからだ。
「記憶を取り戻すために何度も美幸(みゆき)さんと香川に行ったんだよね。ぼくがかつて暮らしていた街を見て、親しくしていた友達と会えば、記憶が戻るんじゃないかって考えて」
「美幸さんって誰よ」
「あ、ぼくのお母さん。記憶がなくなってベッドで目を覚ましたとき、お母さんだよって名乗ってくれたんだけど、こっちは覚えていないわけでしょ。知らないそのおばさんをどうしてもお母さんと呼べなくて、美幸さんって呼んでたらそのままの呼び名になったんだ。記憶を取り戻すために見せられたぼくの小さいころの写真には、たしかに美幸さんとぼくが写っているし、顔だって血のつながりがあると考えるのが当たり前なくらい似てるのに、お母さんって思えなかったんだよ」
 膝立ちだった麻耶がそっと腰を落とした。気まずそうにうつむく。美幸さんのエピソードが重すぎたのかもしれない。
「その美幸さんが去年亡くなったんだよ。肝臓がん。発覚してからたった三ヶ月だったよ。徐々に悪くなるって感じでもなくてさ、最初の二ヶ月くらいはほんと元気だったんだ。顔色もよかったし、ごはんもよく食べて。だけど、亡くなる一週間前から急にがくんと悪くなってさ。がんっていうのは坂を転げるように悪くなるんじゃなくて、階段状に悪くなるんだってね。一段がくんと下がるの。で、下がったらもう悪いまま」
 しんと部屋が静まり返る。誰もが沈痛な面持ちで玲の話に耳を傾けていた。重くて暗い話だからしかたない。けれど、明るく話さなくちゃ。笑って話さなくちゃ。
「葬式のときもみんな泣いているのに、息子のぼくだけが泣いていなかったんだよね。頭ではわかってたんだよ、お母さんの葬式なんだから悲しまなくちゃって。美幸さんは旦那さん、つまりぼくのお父さんに当たる人とはぼくを産んですぐに離婚していたし、美幸さんのお父さんとお母さんもとっくに亡くなってる。だから、ぼくが唯一の家族だったんだ。でも、お棺を覗いて美幸さんの顔を見たら、この人は誰なんだろうって考えしか浮かばなかった。もちろん、美幸さんはぼくと暮らしているあいだ、ちゃんと母親としてなにからなにまでしてくれたよ。ぼくを高校にも大学にも行かせてくれた。昼間はスーパーの総菜売り場で働いて、夜は知り合いのスナックの厨房を手伝ったりして。お弁当も作ってくれた。高校の卒業式では泣いてくれた。成人式のときにはいっしょに写真館で記念撮影もした。だけどね、ぼくは一度もお母さんって呼べなかったんだ。もうこれが最後の会話になるだろうってときでも美幸さんって呼んでたんだ。おかしな話でしょう」


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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