連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
 玲は口の端に笑みを浮かべて、班の面々を見渡した。先ほどまではみんな玲を注視していたのに、うつむいて顔を背けている。玲の告白から逃げ出したがっているのがわかる。顔を上げているのは太陽と花凛だけ。太陽と視線がぶつかる。太陽はゆっくりと首を振った。
「おかしくなんかないとおれは思うよ」
 穏やかな口調だった。
「え」
「お母さんって呼べなかったことを、玲はおかしな話でしょって笑っただろ。けれど、おかしな話なんかじゃないと思うんだ。それは悲しい話だよ。それから、いま話してくれたことはみんな本当は笑いながら話したいことなんかじゃないんだろ? 笑わなくてもいいと思うよ。またお母さんの話をする機会があったら、笑わないで話してほしいな」
 玲は可能な限り静かに呼吸をした。もっと静かに、もっと静かに。そうしないと息を吐き出すタイミングで嗚咽が漏れそうだった。
 笑わなくてもいい。そんなこといままで誰も言ってくれなかった。こんなまっすぐな指摘をしてくれた人はいなかった。太陽は心の内を見抜いてくれたのだ。玲が心の奥底に沈め、必死に目をそらしていた、母である人の死を悲しめない悲しみを。そして、正面から手を差し伸べてくれたのだ。
 ぐっと歯を噛みしめる。舌の根元から涙の味が這い上がってくる。それを唾とともに飲みこんだ。目の裏が熱い。涙の予兆だ。必死にこらえる。
「ありがとう、太陽」
 やっとなんとかひと言述べる。声がかすれてしまった。
「別にお礼を言われることなんかじゃないさ。それにやっと太陽って呼び捨てにしてくれたな。太陽君じゃなくてさ」
 太陽が大きな笑みを浮かべる。同い年なのに、人にこんなふうに安心を与える笑顔ができるなんて感心してしまう。
「おっと、ちょいと真面目すぎる空気になりすぎちまったかな」
 笑いながら太陽はきょろきょろと見回した。誰からも反応がない。玲の打ち明け話に沈みきってしまっていた。
 ちらりと太陽が玲を見た。玲だけがわかるくらいかすかに笑ったかと思うと、新たな缶ビールに手を伸ばして鼻歌まじりでプルトップを開ける。なにをするのかと驚いて見守っていると、ジュースを飲むかのようにビールをごくごくと飲んだ。天井を見て顎を上げ、あっという間に飲み干す。空き缶を勢いよく畳に置き、「よし!」と気合いもろとも立ち上がった。
「これから二か月近くの旅、楽しく盛り上がっていこうぜ!」
 太陽は着ていたTシャツを脱ぎ捨て、畳にたたきつける。部屋の真ん中に進み出て、筋肉を誇示するポージングだ。服の上からでも鍛えられた体をしていることはわかってはいた。けれど、実際は想像をはるかに超えていた。胸板は厚く、腹筋はきれいに六つに割れ、肌は鈍い光沢を放っている。ゆるんだ箇所がひとつもないせいで肉というより岩のイメージ。裸という言葉が持つ生々しさやいやらしさから遠ざかった体をしていた。


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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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