連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi
「ぎゃー! あんたなに脱いでんのよ!」
 麻耶が絶叫した。太陽は淡々と答えた。
「いまの空気、変えようと思ってさ」
「脱ぐことないでしょ!」
「手っ取り早いかなって」
 たしかに先ほどまでの沈んだ空気が払拭されている。最初は苦笑いを浮かべていた木戸も吉田も、いつしかおかしそうに笑っていた。剣也はくだらないとばかりに目をそらしているが、先ほどまでの気づまりな雰囲気から解放されてほっとしているかのようだ。突拍子もない方法で空気をがらりと変えてみせた太陽に玲も笑ってしまう。
「つうかさ、女子がいるのにやめてよね」
 麻耶が頬を膨らませる。
「え? どこに女子がいるんだよ」
 太陽はとぼけたように言って、違うポージングに移行する。
「ここにあたしがいるでしょ! あたしも女子だよ!」
「あはは、ごめん、ごめん。冗談だよ」
「それから花凛だって」
 ちらりと麻耶は花凛に目を走らせた。つられるようにして、みんないっせいに花凛を見る。麻耶が語りかける。
「これってセクハラだよね」
 班にとけこんでいない花凛も、話の輪に加えてあげようという麻耶の心づもりなのだろう。花凛は無表情のまま小さく頷いた。
「これは申し訳ない」
 太陽がそそくさと脱ぎ捨てたTシャツを拾って着る。その姿はなんだか情けなくておかしみがあった。しかも立派な体躯を申し訳なさそうに縮こめて着ているものだから、なおさら面白い。みんなくすくすと笑う。太陽もばつが悪そうに笑った。
「玲君、訊きたいことがあるんだけど」
 ぼそぼそと花凛が切り出した。低くて芯(しん)のある声は大人っぽい。花凛から会話に参加してくるなんて初めてだ。ゆるみ始めていた部屋の空気がまた幾分か強張る。
「え、と、どんなこと?」
 緊張しつつ答える。
「記憶がないってどんなふうなの」
 花凛がまっすぐ玲を見つめてくる。瞳は漆黒で、白目の部分はやけに青白い。不穏な青白さだ。


         10 11 12 13 14 15 16 次へ
 
〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number