連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 八番札所の熊谷寺(くまだにじ)まで二・五キロ。まだ早朝だというのに日差しがうんざりするほど強い。太陽は空を仰いで「うえええ」とえずくようなため息をついた。
 お天道様のように周囲を明るく照らす人間になってほしい。両親はそう願って太陽と名づけてくれた。一応、そうした人間を目指しているつもりだ。明るく、熱く、陽気に。
 陽の光が多くの人に恵みを与えるように、周りにいい影響を与えられる人間になりたい。だから、昨夜の玲(れい)の打ち明け話が重すぎたとき、自分の出番だと思った。からっとした明るい雰囲気に変えたかったのだ。
 けれど、いつもやり方を間違えてしまう。そしてやりすぎてしまう。昨日だって裸になる必要はなかった。冷静になって考えれば駄目出しをしてきた麻耶(まや)が正しい。女子の前で裸になるのはよくない。
「自重、自重」
 太陽がつぶやきながら歩いていると、前を歩いていた花凛(かりん)が立ち止まり、しゃがみこむ。靴紐がほどけたようだ。
 これはチャンスなんじゃないだろうか。昨日、裸になったことを詫びるチャンスがやってきた。
 太陽は花凛の傍(かたわ)らに立ち、陽気な声で語りかける。
「よう、昨日は悪かったな」
 花凛が無言で立ち上がった。じろりと横目で問いかけてくる。「なにが?」と。
「昨日の夜、Tシャツを脱いで裸になっちまっただろ。すまないなって思ってさ。明るい雰囲気にしようと思って、ちょっと張りきりすぎちまったんだよ。あはは」
 申し訳なさが伝わるように太陽は後頭部をぼりぼりと掻いた。しかし、花凛は反応がない。
「女子の前で裸になるなんてやっぱ駄目だよなあ。大反省中でございます」
 さらに陽気に言ってみる。しかし、花凛はひと言も発さずに歩き出した。
「お、おい」
 呼びかけたが振り向きもしない。太陽を置き去りにして行ってしまった。
「なんだかなあ……」
 愛想笑いのひとつも見せてくれればいいのに。別にいいよ、気にしてないよ、なんて笑ってくれればいいのに。きれいな子なんだからさ、ちょっとでも微笑んでくれたらなんでも許せちゃうのに。
 はたとそこで気づいた。花凛はいままで一度も笑顔を見せてくれていない。
「いやあ、あたし、びっくりしちゃったよ。玲が記憶喪失なんてさ」
 後ろから麻耶の声が聞こえてきた。振り返ると相手は吉田だった。話題の主である玲は太陽たちより百メートルほど先を歩いている。
「わたくしも本当に驚きましたよ。記憶喪失の人に会ったのは初めてです。不思議な感じがしましたねえ」



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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