連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 わっからねえなあ。太陽は首をひねりながら遍路道を歩いた。毎日来ていた千帆(ちほ)からのラインのメッセージが届いていない。千帆は律儀に毎朝七時半にメッセージを送ってきていた。スマートフォンで撮影した画像といっしょにだ。
 画像は猫のチロのもの。太陽がお遍路に出ているあいだチロは千帆に預かってもらっている。アパートで留守番させて毎日ペットシッターを頼むような金銭的余裕は太陽にはない。慣れない実家に預かってもらうのもどうかと迷っていると、「わたしんちで預かってあげるよ」と千帆が名乗り出てくれたのだ。
「百花(ももか)もチロちゃん大好きだし、どうせうちはわんこにゃんこのために冷房つけっ放しだから一匹増えても関係ないからね」
 そうした言葉に甘えてチロを預かってもらい、日々の様子を毎朝メッセージと画像で伝えてもらっているわけだ。
 それが今朝は来ていない。忘れているのだろうか。事情があって送れないのかも。風邪を引いたとか、スマートフォンが故障したとか。
 昨日届いたメッセージを表示させる。
〈おはよー!
 今日もチロたんは元気でちゅよ!
 すっかりうちのやんちゃ猫たちとも打ち解けてお昼寝してまちゅよ。
 仰向けでお股開いてパッカーンでちゅよ。笑〉
 送られてきた画像はチロが仰向けで股を開いているあられもないもの。昨日の文面から異常は感じられない。
 チロは人見知りをしない子だ。テレビが壊れたとき、修理にやってきた業者の男性が部屋に入ってきたときも物怖じしなかった。平然とチロ自ら挨拶へ行っていた。工具箱のにおいをチェックし、作業着姿の男性の後ろから近づいて膝裏あたりをすんすんと嗅いだ。そんな子だから千帆の家でも我が物顔で過ごしているのだろう。
 早くチロに会いたいな。送られてくるチロの画像は、しんどいお遍路においていちばんの癒しだ。ついつい画像に話しかけてしまう。
「ああ、チロたん、早く会いたいでちゅね。うちのチロたんは本当に美人さんでちゅねえ」
 太陽は話しかけたあと、さっと周囲を見回した。猫の画像に赤ちゃん言葉なんて、誰かに聞かれたら絶対に頭がおかしいと思われる。
 赤ちゃん言葉を使うのは千帆の影響だ。彼女が声優の要領で子猫だったころのチロにせりふを当てていた。チロが眠たそうな顔をしていると「あたち、眠たいでちゅ」といった具合に。それがいつしかチロに話しかけるときも赤ちゃん言葉を使うようになった。百花といっしょに太陽の部屋にやってきては「チロたん、こんにちはでちゅ」とか「かわいいでちゅねえ、チロたんは」なんて。それらをずっと耳にしているうちに太陽にも伝染してしまったのだ。
 まさかチロになにかあったわけじゃないでちゅよね。じゃなかった、なにかあったわけじゃないよな。そうだったら、いの一番に千帆は太陽へ知らせてくれるはずだ。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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