連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 太陽がリタイアして東京に帰った次の日のことだ。
 あんなにも青かった空が一面の灰色に変わった。あいつが四国を去って本物のお天道様まで去ってしまったかのようだった。
 降り出した雨はまだぱらぱらと小降りだったので、金剛福寺(こんごうふくじ)から次の札所を目指した。遍路道は打ち戻りのコース。打ち戻りとは来た道を戻ること。二十数キロにわたって戻らなければならない。剣也(けんや)はうんざりしながら歩いた。
 海岸線を右に見ながら北上する。台風が接近しているせいで風が強い。手で菅笠をつかんでいないと飛ばされそうになる。海は濁って黒に近い灰色だ。荒れに荒れていて、岩に当たった波が真っ白な水しぶきになって飛び散っている。
 その日のゴールである下ノ加江の民宿まで間もなくというところで、ざあざあの本降りになった。雨は横殴りになり目を開けていられないぐらいだった。
「くそったれが。ずっと晴れ続きで雨合羽を持ってる意味なんてねえと思ってたのに、このざまかよ」
 剣也は文句をたらたらとこぼしながら、たどり着いた宿の玄関でレインウェアを脱いだ。剣也がお遍路に行くことを渋々承諾したら、父親の敏行が菅笠や白衣などお遍路の一式を買ってくれた。リュックもトレッキングシューズもレインウェアも有名なアウトドアブランドでそろえてくれた。ほら、行ってこい、と一式を渡されたときには腹が立ったが、靴の履き心地はいいし、リュックの使い勝手もいい。悔しいが感謝している。
 レインウェアや靴を軒下に干して和室に集合する。ミーティングのために車座になると、木戸(きど)が運営委員会からの通達を告げた。
「台風は大型で強くて、明日の夜十一時くらいに室戸市付近に上陸するそうです。だから、明日は歩かないように、だそうです」
「中心気圧は九百五十六ヘクトパスカル。瞬間最大風速三十五メートル」
 麻耶(まや)がスマートフォンを見て読み上げる。天気情報を調べたのだろう。
「あさって歩くかどうかについてはのちほど連絡が来るそうです」
「高知県直撃かあ。さすが台風銀座って呼ばれてるだけあるね。でも、これで明日一日ゆっくり休んで体力の回復に努めることができるよね」
 麻耶のやつ、あいかわらずポジティブなことばっかり言いやがる。
「ただ、問題がひとつあるんだよね」
 木戸が畳に視線を落とした。麻耶が首を大きく傾けて尋ねる。
「問題ってなに?」
「この宿は今日だけしか泊まれないんだよ。明日は違うお客さんの予約で部屋が埋まっているから連泊できないんだ」
「それって明日ここを出ていかなきゃならねえってことか」
 剣也が尋ねると「そういうことになるね」と木戸は自分が悪いわけでもないのに申し訳なさそうに肩を落とした。
「だったら明日おれたちはどうなるんだよ。ここは泊まれねえし、台風の中を次の札所まで歩くわけにもいかねえし。まさかおれたちに台風の中に突っ立ってろってか。雨ざらしになれってか。おれはごめんだぜ」
 言い放ったら木戸の表情が曇った。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
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