連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 なんでこんなことになってしまったのか。花凛(かりん)はぐるりと取り囲む人たちを見回した。必死に呼吸を試みる。ただの呼吸を意識して試みるのだ。そうしないと息が止まってしまいそうだった。
 花凛を取り巻く人たちはざっと数えて三十人。期待の眼差しを花凛に向けて、みんな口々に「ピンクバンビ」とか「カリン」と言っている。
 人垣は見る見るうちに厚くなっていった。もう夜の九時を回っているというのに、松山市の中心部にあるこの大街道(おおかいどう)という名の商店街は賑わっていた。松山市駅から続くアーケード街である銀天街(ぎんてんがい)と合わせて一キロにも及ぶ繁華街を形成している。人はまだまだ流れてきそうだった。
「あんたが余計なことをするからよ」
 横にいる麻耶(まや)が剣也(けんや)の肩口を小突いた。剣也がふてくされて答える。
「悪かったよ。こんなことになるなんて思わなくてよ」
 花凛もまったく予想外のできごとだった。
 昨日は四十五番札所の岩屋寺(いわやじ)から四十六番の浄瑠璃寺(じょうるりじ)、四十七番の八坂寺(やさかじ)と回り終え、今日は四十八番札所から五十三番札所までいっきに歩いた。西林寺(さいりんじ)、浄土寺(じょうどじ)、繁多寺(はんたじ)、石手寺(いしてじ)、太山寺(たいさんじ)、円明寺(えんみょうじ)だ。
 歩いた距離は三十キロと長かったけれど、札所が多くてテンポよく回れたことや、屋根つきの参道にみやげもの屋や茶店が並ぶ石手寺で楽しく参拝できたこと、それから、道後温泉本館の建物を見られたことなどできつさを感じなかった。
 予定では松山市の中心部から北に位置する宿に泊まるつもりだった。けれど、目星をつけていた宿が客で埋まってしまっていた。新たな候補を探しているとき、剣也が提案してきたのだ。
「おれんちに泊まればいいじゃねえか。松山駅まで戻ることになるけど、おれのダチに車で迎えに来させるからさ。明日またここまで送らせるから続きを歩けば問題ねえだろ。おれんち広いからよ、おまえら三人泊めるのなんてわけねえし、宿泊費だって浮かしたほうがいいわけだしよ」
 剣也は松山市に入ってから饒舌(じょうぜつ)だった。「あそこに見える病院にばあちゃんが入院してたんだ」とか「もうちょっと西へ行けば松山城が見えるんだけどな」とか「せっかくおれの地元に来たのに観光しないで通り過ぎるのはもったいねえな」とか。地元を自慢したくてしかたがないようだ。
 宿泊費が無料なのはありがたい。歩き疲れていてどこでもいいから早く落ち着く場所を確保したいという思いもあった。花凛もほかのメンバーと同様に、剣也の家に世話になることに賛成した。
 剣也の家は不動産屋を営んでいた。訪れた家は広く、三階建ての屋上つき。その屋上にはジャグジーまであった。剣也の父親がおおいに歓迎してくれて、先日剣也が教えてくれた宇和島の鯛めしや、じゃこ天、地酒などを振る舞ってくれた。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
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