連載
ぼくらの遍路は
関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 夢を見た。玲(れい)の前に麦藁帽子の赤いワンピースを着た少女が立っていた。
 かわいいというよりきれいな顔立ちをしている。小学生にしてすでに美人と評したくなるような完成度がある。つんとしていて生意気そうでもあった。
 その少女はなぜか玲に対して怒っていた。麦藁帽子のつばの下から玲を睨んでくる。なぜ怒っているのだろう。玲は質問したくて近づいた。
「どうしたの」
 そう声を発しようとしたとき、玲は眠りの海の底からぽっかりと浮かび上がった。自分が仰向けであることに気づく。靄(もや)がかかってよく見えなかった天井の木目が次第に鮮明になってくる。煤(すす)けた電気の笠や壁掛け時計がくっきりとした形を帯びた。麻耶(まや)たちと手分けしてやっと見つけた宿の布団の上にいることを思い出した。
 玲は目が覚めたものの仰向けのまま動けなかった。疲労で体が言うことをきかないのだ。じんじんと痺れているような感覚がある。神経なのか筋肉なのか血管なのか全身が疼(うず)きに似た痺れに包まれていた。
 剣也(けんや)の家に泊めてもらった翌日は五十四番札所の延命寺(えんめいじ)まで歩いた。遍路道は海岸線に沿って延びる国道と重なっていて、JRの予讃線と絡み合いながらの三十四キロの移動だった。夕方にへとへとになってタオルで有名な今治市へたどり着いた。
 その翌日は五十五番札所から五十九番札所まで。距離は五十五番札所の南光坊(なんこうぼう)から五十六番札所の泰山寺(たいざんじ)までが三キロ、次の五十七番札所の栄福寺(えいふくじ)までも三キロ、五十八番札所の仙遊寺(せんゆうじ)までは二・五キロだった。札所間の距離が短い。札所を細かく巡っていると、前進していることが感じられていい。
 ただ、仙遊寺は標高二百八十メートルの高台の上にあって、未舗装の小道をのぼらなければならなくてしんどかった。長らく海沿いの平坦な道を歩いてきたので、斜面はなおさら体に堪(こた)えた。
 参拝後、境内から眼下に広がる今治の街並みを眺めた。海に面した造船所があった。遠く望めば四国と本土を繋ぐしまなみ海道が見えた。つい二十日前は高知で太平洋を見ていたのに、いまは瀬戸内の海を眺めている。四国の地図を思い浮かべてみれば、海沿いにぐるりと回ってきたその長さに我ながら驚いた。
 五十九番札所の国分寺(こくぶんじ)までは六・五キロ。参拝後も日が高かったので引き続き歩いた。次の札所までは三十三キロの長距離移動のため、少しでも距離を減らしておこうと麻耶から提案されたのだ。彼女は地図を片手に見事に新たなリーダーとしての働きを見せていた。
 ふらふらになって西条市に入り、夜の七時にやっと泊まれる宿を見つけた。朦朧とした状態で夕食と風呂を済ませ、泥のように眠ったのだった。
 玲の隣で眠る剣也の鼾(いびき)がひどい。疲れているせいだろう。カーテンの隙間から朝の光が差しこんできて玲たちを照らしていた。いまが何時なのか確認すべきなのだろうけれど、起床までの残り時間を知りたくない。あえて確認せずに寝汗を拭くだけでまた目を閉じた。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10