連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 八十一番札所の白峯寺(しろみねじ)はその名に峯を冠する通り、山の上にあった。山の斜面を造成して作られた住宅地を抜け、急勾配の山道をのぼって白峯寺を目指す。あまりのしんどさに花凛(かりん)は十歩ほど進んでは休むをくり返した。
 こめかみから顎へ汗の粒が伝っていく。首に提げたタオルで拭い、呼吸を整えてまた歩き出す。
 膝に手をつき、必死に山道をのぼった。気づけば頭の中で、よいしょ、よいしょ、とかけ声を唱えている。それがエッサ、ホイサに変わったり、エッチラ、オッチラに変わったりする。いつしかそうしたリズムにメロディーが加わり、頭の中で延々とくり返されるようになる。体育の授業で長距離を走らされたときといっしょだ。同じメロディーが頭の中でループする。
 以前の花凛だったら、この時点で頭をぶんぶんと振ってリズムもメロディーも振り払っていた。歌がいやだったから。歌から逃げたかったから。
 でも、いまはその浮かんできたリズムに体を任せ、メロディーに耳を澄ます。メロディーにはどんな歌詞を乗せたらいいだろうか、なんて考える。
 思いついた言葉を舌の上で何十回も転がし、自分の心情をぴったりと言い表わす歌詞を探す。できるだけ語感のいい言葉を選択する。口に出してみて気持ちのいい言葉というものはある。
 メロディーと歌詞の組み合わせがひとつできた。それは仮のメロディーと仮の歌詞であり、仮のタイトルをつけておく。先ほど足を止めたときに木々の切れ間から平野が見えた。平野には香川県特有の円錐形の山がいくつもにょっきりと生えていた。昔話の絵本に出てくるおむすびみたいな形をした山たちだ。だから、仮のタイトルは『メルヘン』とした。
 いまここにフジがいたらいいのに。フジだったらでき上がったばかりの『メルヘン』を五線譜に書き起こしてくれるだろう。けれど、フジはいない。しかたがないのでスマートフォンを取り出し、忘れないように音声メモに『メルヘン』を歌って録音しておく。恥ずかしいので周囲を見渡してから小声で吹きこんだ。

 八十一番札所の白峯寺にたどり着き、本堂の千手観音像に向かって手を合わせる。いつものように願いごとを唱えた。
 また歌えますように。
 ふと違和感を覚えて花凛は首をひねった。願いごとがしっくりこなかったせいだ。
 いまの自分は鼻歌程度ならば歌える。歌に対する抵抗感もない。作詞や作曲の意欲もある。また歌えますように、なんて願わなくてもいい。そのために違和感を覚えたのだろうか。
 いや、違和感は願いの内容についてではない。願うという行為自体にしっくりこなかった。その根本的な原因は自分でもわからない。首をひねりつつ大師堂へ向かう。本堂と同じように手を合わせて願いごとを唱えた。そのときやっと違和感の正体がわかった。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10