連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 明くる日は高松市の繁華街を抜けた。栗林(りつりん)公園や日本でいちばん長いアーケード街である高松中央商店街を横目に歩き、八十四番札所の屋島寺(やしまじ)へ向かった。
 屋島寺は海に面した屋島という山頂が平坦な山の上にあった。その山頂までは急なつづら折りの坂をのぼっていく。のぼりきったら札所だけではなく飲食店や水族館まで商業施設がずらりとあり、多くの家族連れがやってきていた。
 山頂から下りる遍路道はひどく急だった。整備もされていない。長らく歩いてきてダメージの蓄積した足にはしんどい下り道だった。
 降り立ったあたりは日本史で習った屋島の戦いの古戦場だった。那須与一(なすのよいち)が矢で扇を射落とした場所のそばを通り、八十五番札所の八栗寺(やくりじ)へ向かう。
 八栗寺は五剣山(ごけんざん)の中腹にあり、ケーブルカーが設置されていた。ケーブルカーを使わなくてはならないほど急勾配ののぼりということだ。しかし、ケーブルカーには乗らず、地面を睨みつけるような姿勢で必死に坂を上がった。舗装されたのぼり坂の中では最もきつい勾配だった。数歩進んでは立ち止まるをくり返し、ふくらはぎが何度も攣(つ)りかかった。
 結願(けちがん)までカウントダウンに入っているというのに、屋島寺や八栗寺など難所が続く。お遍路は最後まで厳しいもののようだ。
 屋島寺と八栗寺の参拝は続けて二度の登山をしたようなもの。ふらふらになって八十六番札所の志度寺へ向かった。その後、宿の都合でさらに八十七番札所の長尾寺(ながおじ)を目指す。今日は合計三十六キロという無茶な距離を歩く予定だ。けれど、明日はお遍路最後の日。しかもたった十五キロを歩けばゴールである八十八番札所の大窪寺(おおくぼじ)へたどり着く。
 そこまで考えて花凛はひとり笑ってしまった。以前だったら、「たった十五キロ」なんて考えられなかった。千二百キロという距離を歩いてきたいま、距離の感覚がおかしくなっている。十五キロを短く感じるなんて。
 そう言えば、宿で寝る前に千二百キロという距離はどのくらいなのかスマートフォンで調べてみた。東京から日本最北端である北海道の宗谷岬まで直線距離で千百キロだそうだ。それより長い距離を歩いたことになる。距離に対する自分の物差しが変わるのも道理かもしれない。

 あと一キロで長尾寺というときだった。黒いワンボックスカーが道路の路肩に止まっていた。停車している車なんていくらでもある。しかし、車のナンバープレートが気にかかった。このあたりを走る車はみんな香川ナンバーだ。黒いワンボックスカーは群馬ナンバー。久しぶりの関東のナンバーだった。
 その車の脇を通り過ぎる。窓には黒いスモークフィルムが張られ、車内を見ることができない。花凛が通り過ぎてしばらくしたとき、ワンボックスカーは走り出した。花凛を追い越し、百メートルほど先へ進んだかと思うとまた路肩に停車した。
 挙動不審だ。不穏な感じがする。その後、ワンボックスカーは同じ動きを二度くり返した。花凛は気にしないふうを装いつつ、歩くペースを落として後続の太陽を待った。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10