連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

「どうした? 足でも痛めたのか」
 追いついてきた太陽が心配してくれる。
「ちょっと疲れただけ」
「さすがに今日はかなりの距離だからな」
 会話しているうちにワンボックスカーが去っていく。気のせいだといいけれど、と心が不安の影に覆われる。
 長尾寺は境内が広く、鄙(ひな)びた印象の好ましい札所だった。それぞれ休憩を取ってから、メンバーでそろって参拝した。本堂で手を合わせ、大師堂でも手を合わせる。
 また歌います。
 誓いを述べると背筋がすっと伸びた。
 納経所へ向かおうと振り向くと、真後ろに人が立っていて驚く。それは思わぬ人だった。いや、思わぬ人というわけでもない。群馬ナンバーのワンボックスカーを見たときから怪しんではいた。
「やっと会えたわね」
 山西が嬉々とした口調で言う。でも、目は笑っていない。鋭利な視線を花凛に送ってきている。以前より痩せただろうか。血色もよくない。白髪の混じった髪を後ろでひとつにまとめている。K太の四十九日で会ったときは白髪は見られなかった。あのときはきちんと染めていたのかもしれない。
 その山西の後ろに困惑の表情を浮かべた五十代くらいの男性が立っていた。山西が再婚した相手かもしれない。くすんだ水色のポロシャツを着て、よれよれのグレーのスラックスをはいている山西に寄り添おうとしているようにも見えるが、どこか及び腰だ。
「わたしがさんざん会いたいって伝えたのに、よくもまあいままで逃げ回ってくれたわね。いったいどういう料簡(りょうけん)なの」
「会ってお話をする余裕がなかったんです。山西さんの悲しさとか苦しさをわたしは受け止められないと思って。ごめんなさい」
 花凛が正直に謝ると、山西は拍子抜けしたのか眉をひそめてひと呼吸分ほど黙った。いやな予感のする沈黙だった。山西の眉間に深いしわが寄る。一瞬後、けたたましく叫んだ。
「わたしが悲しいとか苦しいとか知っているくせにどうして逃げ回っていたのよ! なんて卑怯な女!」
「清美、落ち着いて」
 山西の後ろに立っていた男性がおずおずと声をかけた。山西が後ろを向き、つかみかからんばかりの勢いでその男性に罵声を浴びせた。
「あんたは黙ってて! これはわたしと息子の圭太の問題なんだから!」
 男性はへつらいの表情のまま硬直し、視線を地面へそらした。山西には頭が上がらない人のようだ。
「ねえ、あなたは歌えなくなったんだってね。この前の電話でそう言ってたわよね」と山西は薄ら笑いを浮かべ、手にしていた黒い革製のハンドバッグから携帯電話を取り出した。
「わたしもインターネットで調べてみたのよ。ツイッターってやつも、あなたのことについてまとめてあるサイトもみんな調べたの。みんな同じようにあなたが歌えなくなったって書いてあったわ。原因は不明。喉を壊したとか、精神的に不安定になったとか、好き勝手書かれてるのね。バンドのメンバーの男の子とくっついて、子供ができたなんてことも書いてあったわ。人気者はあれこれ噂されて大変よね。わたしとしては歌えなくなってざまあみなさいって感想しか出てこないけどね」



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10