連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

「おい、おばさん。いい加減にしろよな」
 剣也(けんや)が久々に穏やかではない声を出した。その剣也を山西がじろりと睨む。
「その声と失礼な言葉遣い、ときどき電話に出てたのはあんたね」
「花凛が歌えなくなったのは、そもそもおばさんのせいじゃねえか。おばさんが花凛をさんざん責めて歌えなくさせたんだろ。ざまあみなさいって言い方はねえと思うけどな」
 山西が剣也を睨みながら近づく。背は剣也のほうが高い。山西は下からねめつけた。
「うちの息子はね、この女の歌を聞きながら死んだのよ。この女のきれいごとに満ちた歌にたぶらかされて、きれいごとしか信じなくなって、そのせいでこの現実の世界から消えてしまいたいって思ったの。あの子が死んだのはみんなこの女のせいなの。この女は償わなければならないのよ!」
 叫ぶように言って山西は再び花凛に向き直った。まばたきもせずに睨んでくる。白目部分が血走ってピンク色に染まっていた。山西がK太の死についてどんな身勝手な解釈をしているのか、いまの言葉から理解できた。
 K太を徹底的に無視して逃げる場所すら与えなかったことは、山西の中ではなかったことになっているようだ。それが山西の罪悪感を回避する方法なのかもしれない。K太が死んだ要因が、自分の外にあることにしないと心が壊れてしまうのだろう。
 ただ、自分が悪いことにも気づいているはずだと思う。認めたくても認められないだけで。山西からは罪をなすりつけたい必死さを感じるのだ。
「おいおい、おばさん。息子さんがどれだけ花凛の歌に救われていたか全然わかってねえんだな」
 剣也がうんざりとこぼす。花凛は手のひらをそっと剣也に向けて、それ以上の言葉を遮った。大丈夫。あとは自分でなんとかする。いまの自分ならばなんとかできるはず。
「K太君のお母さん、わたしはわたしの歌をきれいごとだとは思っていません。K太君もきれいごととして歌を聞いていたとは思いません。美しいものとして聞いていてくれたと信じています」
「信じていますってなによ。あんたにあの子のなにがわかるって言うの」
 憤然と山西が地団駄を踏む。花凛はあえて強い口調で抑えこんだ。
「ねえ、お母さん。K太君がつらい日々を送っていたことは知っていましたよね? 苦しいってことをメールでお母さんに訴えてもいましたよね?」
 山西が顔をしかめたところで畳みかけた。
「K太君は生きることがしんどくてしかたがなかったんだと思います。それでも、心がねじ曲がることはなかったし、人に迷惑をかけたり意地悪をしたりする人間でもなかったんです。苦しいことや、悲しいことや、ずるいことにさらされても、K太君は美しいものだけに手を伸ばし続けたんです。そして、わたしたちピンクバンビにたくさんの愛を注いでくれたんですよ。愛に溢れた人だったんです。それは強さですよ。しんどさに負けない人としての強さ。その強さをなかったことにしたり、気づかないふりをしたりすることは、たとえ彼のお母さんでもわたしは許しません」
 K太と同じように、自分はひどくつらいときでも愛に溢れた人でいられるだろうか。彼の気丈さに泣いてしまいそうになる。愛に溢れていたのに愛されなかったその報われなさに泣いてしまいそうになる。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10