連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

「清美」
 山西の後ろの男性が呼びかけた。帰ることを促そうとしたようだ。しかし、山西は夫に振り返り、ハンドバッグを振り上げた。
「なによ!」
 止める間もなく山西はハンドバッグを振り下ろした。容赦なく何度も叩きつける。
「ちょっとそれはまずいっすね」
 太陽が山西の腕をつかんで制止した。玲がふたりのあいだに立って壁になる。
「なんなの、あんたたち。手を放しなさいよ。暴力を振るうなら警察を呼ぶわよ」
「願ってもいないことっす」と太陽が微笑んで山西を解放した。「どうやら込み入った話みたいっすね。おれたちでは解決できそうもないのでぜひぜひ警察を呼びましょう。そうだよな、玲」
「うん、そうしていただこうか」
 玲がスマートフォンを取り出し、ディスプレイの上で指を走らせた。電話機能を呼び出し、警察に連絡しようというのだろう。
「待ちなさいよ、あんたたち。ふざけるのもいい加減にしなさい」
「ふざけてなんかいないっすよ。警察を呼んで、いまここで行われていたこと説明して、公平に判断してもらいましょうよ。そちらの男性をバッグで殴りつけるまでをきちんと説明して、誰が悪くて誰が悪くないかはっきりさせるのがいいっすよ」
「これはうちの旦那だよ。叩こうがなにしようが他人は関係ないでしょうが」
「旦那さんなら叩いていいという道理はないと思うんすけどねえ。それこそ警察に相談したいなあ。K太君のこともひっくるめてみんな警察に聞いてもらったらいかがっすか。それがいちばん手っ取り早いっすよ」
 太陽はあくまでも穏やかな口調だ。微笑んで玲に目配せをする。通報しろ、という合図に見えた。
「ちょっと待って、ちょっと待って」と山西が慌てふためいて玲に近づいていく。玲も努めて穏やかだ。
「でも、ぼくたちで話し合いを持っても埒(らち)が明かないでしょうから」
「警察は駄目よ」
 山西の口調がひるんだものになっていた。K太が自ら死んだことに関して、やましい部分があるためだろうか。やはり、本当は自分に非があることをわかっているんじゃないだろうか。すかさず太陽が質問した。
「K太君のお母さんはいつまでこちらに滞在する予定っすか」
「いつまで? なによ、その質問は。仕事を辞めて四国にやってきたんだから、いつまでかなんて決めてないわよ」
「だったら時間はあるってことっすね。それなら花凛とK太君の件は明日まで待ってくれないっすかね。この続きはまた明日ってことで」
「また明日?」
「おれたちは明日で結願するんす。お遍路の八十八の札所を明日で歩き終えるんすよ。それでこんなことは申し上げにくいんすけど、ゴールするまでおれたちに干渉しないでほしいんす。ゴールさえしてしまえばお話はいくらでも伺うっすよ。なんだったらおれがじきじきに聞かせてもらいます。何時間でも何日間でも」



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10