連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

「同じく」と玲はスマートフォンを尻ポケットにしまった。「明日は午前十一時に八十八番札所に到着する予定です。参拝が終わったら、いくらでもお話をお聞かせください」
 山西は眉間にしわを寄せてしばし思案していたが、不承不承というふうに頷いた。それから再び花凛に対して鋭い視線を送ってきた。
「これであなたも明日までの猶予を得たってことね。自分がしたことについて、犯した罪について、よく考えておきなさい。逃げたら絶対に許さないからね」
 あくまでも悪いのは花凛ということらしい。花凛は山西を真っ直ぐ見返して答えた。
「逃げるなんてとんでもないです。明日はK太君が愛してくれたわたしの歌を、美しいものだったと証明する日なんですから」
「証明する? なにを言ってるの、あなたは」
「歌えなくなったわたしは、歌えるようになりたくてお遍路に来たんです。また歌えますようにって願いながら歩いてきたんです。歌えなくなったそのきっかけはたしかに山西さんでした。でも、きっかけなんてもうどうでもいいんです。歌えなくなったのはわたしが弱かったから。歌える自分に戻れなかったのもわたしが弱かったから。明日お遍路をすべて歩き終えたとき、わたしは歌える自分に戻れると思います。だから、明日はみんなの前で歌ってみせて、K太君が愛してくれた歌たちが美しいものだったことをみんなにも聞いてほしいんです。それがわたしの言う証明です」
 不思議と山西を前にしても怖気づかずに話すことができた。
「あんたって女は」
 山西が憤怒の形相となった。小刻みに体を震わせている。あまりの怒りで言葉が出てこないようだった。身の危険を覚えてあとずさりすると、玲がさりげなく寄り添ってくれた。太陽がからりとした笑顔で山西に語りかける。
「では、また明日に」
 笑顔だけれども有無を言わさぬ強さがあった。山西が動かないでいると、「山門の外までお見送りいたしますがいかがっすか」と太陽がエスコートを申し出る。
「清美」と山西の夫が再び帰ることを促した。
「うるさい!」
 山西がハンドバッグをフルスイングして夫の胸元に叩きつける。ぼこりと鈍い音がして花凛は思わず顔をしかめた。山西はそのまま肩を怒らせて帰っていく。山西の夫が申し訳なさそうにお辞儀をしてから追っていった。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10