連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 最終日となった九月五日、山間の奥に位置する八十八番札所の大窪寺へ、予定通り十一時にたどり着いた。山門はゆるやかな坂の上にあり、その手前には石柱の門があった。右の石柱には「醫王山 大窪寺」の文字、左の石柱には「四国霊場 結願所」の文字が彫られていた。
 この大窪寺から徳島県にある十番札所の切幡寺(きりはたじ)までたった二十キロしかない。一番札所の霊山寺(りょうぜんじ)までなら四十キロ。つまり、とうとう四国を時計回りに一周してスタート地点の近くまでやってきたというわけだ。
 大喜びでゴールしたかったところだけれど、山門の前には異様な光景が広がっていた。花凛たちとほぼ同世代と思われる二十代の人たちが、山門の下の石畳の道を埋め尽くしていた。石畳の道に入りきれない人たちが門前の沿道に溢れ、道を挟んだ食堂や土産物屋の店先も立ち並ぶ人々に覆われてしまっている。ざっと百人はいるだろう。
「あらら、八十八番札所ってゴールのわりにはいつも人が閑散としている場所なんだけどな」と剣也が首を傾げる。「こりゃ、いったいどういうこと」
 花凛には察しがついた。集まっている人たちの中にピンクバンビのグッズを手にしている人がちらほら見られたからだ。ピコがデザインしたTシャツやメッシュキャップ、それから、ツアータオルなどを身につけている。
「あ、カリンだ」
 群衆の中のひとりが花凛に気づいた。ざわめきが起こり、「本物だ」とか「あの情報はマジだったんだ」などという声が聞こえてきた。花凛は菅笠を深くかぶり、山門へ向かった。
「どうやら山西さんが花凛がここへ来ることをネットで拡散したみたいだな」
 太陽も気づいたようだ。
「あのおばさん、余計なことしやがって」
 剣也が憤慨しつつ山門手前の石段をのぼる。
 四十八日間をかけた長い旅の感動的なゴールになるはずだったのに、山西に水を差された形になってしまった。
「ごめん」と花凛がメンバーに謝ると、玲が朗らかに言う。
「花凛が謝る必要なんてないよ。どんなことが起きようとも、ぼくらが千二百キロを歩いてゴールしたことは動かしようのない事実なんだから。ぼくらのこの夏の旅が色褪せることなんて絶対にないよ」
「うおおおおお」と太陽が突如として野太い雄叫びを上げた。メンバーも花凛たちの様子を窺っていた周囲の人たちも驚いて目を見張った。
「急にでかい声を出すんじゃないよ」
 麻耶が太陽の尻を思いきり叩く。
「痛いなあ」
「なんでいきなり叫んでんのよ」
「喜びの声に決まってるじゃないか。おれたちはとうとう歩ききったんだぞ。これで結願なんだぞ。喜ばなかったらお大師様に失礼ってもんだよ」
「そうだね。せっかくのゴールなんだから喜んでゴールしよう」
 玲が笑顔で両腕を突き上げ、太陽と同じように「うおおおおお」と叫んだ。太陽も両腕を突き上げて叫び、そのままふたりとも叫びながら山門をくぐっていく。
「まったくばかなんだから」
 そう言う麻耶も「きゃあああ」と喜びの奇声を上げながら山門へ向かっていった。花凛は残された剣也と顔を見合わせたあと、お互いにやりと笑ってから、みんなと同じように声を上げて山門をくぐった。
 境内の中央で待つ玲たちに向かって花凛は走った。金剛杖の鈴がりんりんと鳴る。背中のリュックが盛大に揺れる。いい仲間と出会えた素晴らしい夏だ。いま自分が浮かべている笑顔が、なによりもその証に思えた。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10