連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 参拝を終え、納経所で納経帳にしるしをもらい、山門を出た。花凛を目当てに集まった人たちはさらに増えたように見えた。
「証明してくれるんでしょう?」
 その声がしたほうを見ると山西がいた。山西の夫もいっしょだ。花凛は落ち着いて返した。
「もちろんです。いまここで歌います」
 花凛の言葉に集まった人たちがどよめく。どよめきはさざ波のように伝わっていった。
 大窪寺が面している道は門前でちょうどY字の分岐点となっている。お遍路に来た車や観光バスが方向転換できるようにY字の中心部分は広く取られており、ゼブラゾーンも設けられている。しかし、そこも集まった人々で埋め尽くされていた。車道へはみ出した人たちに対して車がクラクションを鳴らして通り過ぎていく。早く歌わないと大変なことになる。それこそ警察が呼ばれる事態となってしまう。
 花凛は菅笠を脱ぎ、上半身だけ着ていた白衣も脱いだ。麻耶がそれらを金剛杖とともに預かってくれる。
「これを見ろよ。いま知らせが来たんだけどよ、すげえ拡散されてるらしいぜ」
 剣也がスマートフォンを見せてきた。さまざまなSNS上で花凛が歌うことが宣伝されていた。山西に視線を向ける。自分が話題にされていることがわかったのか、山西は悪びれもせずに笑みを浮かべて言った。
「あなたが歌うことをたっぷり広めておいてあげたからね。歌えなくなったピンクバンビのカリンがまた歌うってね」
 花凛は小さくため息をつき、自分のスマートフォンに着信がないか確認した。メッセージやメールが数件届いていて、その中にエリーからのものがあった。
〈ねえねえ、どういうこと?
 カリンが歌うって噂がネットで出てるって教えてもらったんだけど。
 本当なの?〉
 それが本当なのよ、エリー。
 花凛はスマートフォンのカメラ機能を立ち上げ、動画撮影モードに切り替えた。そのままスマートフォンを玲に差し出す。
「これで動画を撮ってほしいの。お願いできるかな」
「了解」
 玲が快く引き受けてくれる。
「大丈夫? 本当に歌えるの?」
 麻耶が心配そうに訊いてくる。
「大丈夫」
 花凛は自信を持って答え、ひとり石畳を歩いた。山門付近にいた人たちがぞろぞろと花凛のあとをついてくる。敷地の入口に立つ石柱よりも外へ出た。集まっている人たちに向かって声を張り上げる。
「いまから歌います。大騒ぎになると札所や近隣のお店の人たちに迷惑がかかるので、歌うのは二曲。車が通るので道へははみ出さないでくださいね」



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10